十七日目
「わたしが昨日食べた朝ご飯って何だっけ?」
「チーズが乗ったトーストですね」
「うん、一緒に食べたよね」
「そうですね。……どうかしたのですか?」
「ときどき思うんだ。私の持ってる記憶は偽りのもの何じゃないかなって」
「……どういう意味ですか?」
これは、カウンセリングを始めて十七日目の話だ。
「私の記憶はね、クローン転生する時にいったんパソコンの中に移される。人間の記憶についてどこまで解明されているのか知らないけれど、その段階で不都合な記憶を消したり、都合のいい記憶を植え付けたりできるんじゃないかな? って、思ったんだよ」
「なるほど」
ちなみに僕は彼女の前では無知だが、彼女の前にいない心の中の僕が答えるとするなら、その答えは正だ。
自由自在とまではいかないが、ある程度決められた範囲の記憶を消したり、記憶を植え付けたりする事が出来る。
もっとも、記憶の植え付けに関しては、人それぞれ感性が大きく異なっているので、作った映像や他人の記憶を埋め込んだところで、認識の差異が強く上手く再生できないらしい。
「そう思うとね、私が初めて目覚めたのは今日で、今までの実験の記憶や、勉強した事、キミと話した事は作られた記憶なんじゃないかって思えてくるんだ。言ってみれば私の世界は今日生まれたかもしれない」
クローン転生をしているからこそ生じる感性。現実と非現実の錯乱。クローン転生を何十回も繰り返してきているんだ。そういった事実との剥離感にとらわれてもおかしくはない。
「もっと言うと、わたしは十四歳の時に死んでいて、この私の意識はパソコンの中で繰り返されている計算に過ぎないんじゃないかな?」
彼女のように確かな意識をパソコンの中で計算できるかは、僕は知らない。だが、出来る可能性も十分にある。
「そして、それを否定することも肯定することも私の持っている情報では不可能なわけだよ。もちろん、キミや教授が否定肯定しても意味がないしね。とにかく私は、そのわからないが怖い」
彼女自身がそれを恐れているように、僕自身がパソコンの中の電気信号である可能性だってある。だが、彼女は立場上僕よりずっとその可能性が高いし現実的だ。
ただ、彼女の中で出ている結論と同じように、僕らにそれを確かめる術はない。
「自分が思っていることと、もっと別の実験をされている可能性が、……怖い」
彼女と話しているとだんだんわからなくなっていく。
この実験は不老不死の実験か? 実験されているのは本当に彼女か?
本当はもっと別の実験で、実験体は僕なんじゃないか?
わからない。わからない。わからなく、なっていく。