表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

十一日目

「今日のお昼ご飯はオムライスでーす」


 これは、カウンセリングを始めて十一日目の話だ。


 彼女は白い部屋の片隅に設置されているキッチンに立ち、慣れた手つきでご飯をいためている。


 こうして調理することは、彼女に許された数少ない趣味の一つだ。


「人に食べてもらえるって、作りがいがあっていいね」


「そうかもしれませんね」


 基本的に僕のカウンセリングは一日2時間行われる。


 時間に決まりはなく、早朝から深夜までバラバラだ。


 そして、その時間帯が食事の時間帯と重なったときだけ、こうして彼女の料理をごちそうしてもらっている。


 彼女と食事をするのは今日で三回目だ。


「ねえ、私たちって生きていくために食事をとるでしょ?」


 彼女はIHのコンロから目を離さず、僕と会話を続ける。


「そうですね」


「そして、代謝によって、体は入れ替わっていくじゃん」


「そうですね」


「だいたい、6年あったら体はそっくり入れ替わるらしいんだけど、6年前の自分と今の自分は同じ人って言えるのかな?」


「……どういう意味ですか?」


「つまりは、極端な話をすれば、6年間で自分を構成していた原子が外に分散して、他から接種した別の原子が自分の体を構成するわけでしょ? でも、一般的には6年前の自分と今の自分は同じ人とされている。同じ人の定義って何にあるのかなって」


「同じ人の定義、ですか」


 記憶か、人格か、肉体か、遺伝子か。


「君はどう思いますか?」


「うーん、そうだなぁ。6年前とは体が違うし、記憶も減ったり増えたりしてる。それに伴って多分人格も変わってる。でもやっぱり同じ人だと思うよ。教授は6年以上前から知ってるけど、やっぱり教授だもん」


「そうですね」


「でも、だったら転生前の私と転生後の私が同時にいる時間帯は、どっちが正しい私なんだろう?」


 やはり、その話になるか。


 その答えはあまりに難しい。


 なぜなら、今までの人類史で培われてきた道徳の、どれにも当てはまらないことだからだ。


「…………」


 いつものように、君はどう思うか? と、質問で返しても良かったが、彼女自身にそれを問うのはあまりにも酷だ。


 同一人物だとしても、別の人物だとしても、今の彼女の否定になってしまう。


「……僕から見たら、同じ人ですね」


 だから僕は、このように保守的で主観的な意見を言うしかない。


 僕の仕事はあくまで、彼女の教師ではなく、研究所と結託して彼女を操ることでもなく、彼女のカウンセリングなのだから。


「そっかぁ。やっぱりこういうのは、誰が観測するかが大事だよね」


「そうかもしれませんね」


 あくまで完全な肯定はしない。


 肯定すれば、目の前にいる彼女の否定になるからだ。


「だったら、私から見たら別の人だ」


「そうかも、しれませんね」


 やはり完全な肯定は出来ない。


 そちらを肯定すれば、不老不死の否定であり、彼女の存在意義の否定になる。


「君は……」


「っと、オムライスできたよー。ん? 何か言おうとした?」


「……いえ、なんでもありません。」


 君は……。


 このジレンマを何十年も抱えて生きてきたんですか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ