六日目
「私にとってキミは一人だけれど、キミにとって私は一人じゃないのかもしれない」
カウンセリングを始めて六日目、彼女はぽつりと呟いた。
「どういう意味ですか?」
そう聞き返すと、彼女はにやりと笑った。
「私の体は所詮クローン体。手間と費用さえあれば器はいくらでも作れるんだよ。それに、記憶は新しいクローン体に写す時に、いったんコンピューターの中に入れられるから、いくらでもコピーできる。つまり、私はいくらでも複製できるんだよ」
「なるほど、それでどうなるんですか?」
「私自身は、私のクローン体が他に居ることを知らないけれど。キミはもしかすると複数ある私のクローン体と話をしているかもしれない」
「なるほど」
「そこで、いつも思うんだけど。私が複数居ること、または複数居ないことを私が証明することはできるのかな?」
「……君はもし証明するならどうすればいいと思いましたか?」
ちなみに、不老不死の少女は目の前に居るこの子一人だけだ。
少なくとも僕はそう聞かされている。
「うーん、君にカマをかけるしかないかなぁ、と思う」
「そうですね」
「って、キミもちゃんと考えてよー」
「……………」
彼女と一緒に、彼女の人数の是非について考えることは禁則事項にないので、少し頭を働かせてみる。
「……もし仮に複製が可能として、君を複製するメリットはなんでしょうか?」
「うーん、……ない、かな。つまり、複製はいない?」
「いいえ、メリットはあります。一つ目は後天的な変化に関する実験が行われている場合。つまりは、生活習慣や教育によってどれくらい人が変化するのかを調べる実験です」
「ああ、なるほど。双子とかより私を使った方が正確にデータが取れるもんね」
彼女は、自分が実験体として扱われても嫌そうなそぶりを見せない。
『教育』はこれほどに力があるものなのかと、実感する。そして、恐ろしくもなる。
僕も、僕が気づかぬうちに、誰かの都合で歪められているのだろう。
「もう一つは、バックアップです。複数の君を同じように育てて、1年ごとに一番都合のいい君を転生させる。不慮の事故の回避ですね」
この場合の不慮の事故とは、彼女に人並みの道徳が芽生えることも含まれるのだろう。
それこそ、僕と会話しているこの目の前の少女が、僕との会話で変化して該当してしまう可能性が高い。だからこそ、研究所は何十年も彼女と他者の交流を断っていたんだ。
「なるほど」
「前者の場合は、長期的な実験になると思いますし、チャンスはほぼないですが、後者の場合はチャンスがあります」
「どうやるの?」
彼女の目が徐々に輝いてきた。こんな閉ざされた空間でも、いや閉ざされた空間だからこそ好奇心は潰えないのだろう。
「そこでですが、転生時に部屋替えとか、何か変化はありますか?」
「うーん、ないかなぁ」
もちろんそれも知っている。
「その場合、『内側からでは見分けがつかない部屋』に複数の君が入れられることになります。なので、教授たちにばれないように、こっそり部屋に目印等をつけておけば、部屋によって見分けがつきます」
「なるほど、つまり別の部屋に運ばれていたら、私が複数居るってことかぁ」
もちろん、教授たちがその目印を見逃すとは思えないし、同じ部屋を作るような手間をかけるくらいなら、毎度新しい部屋を用意するだろう。
それに、複数部屋が用意されていたとしても、同じ部屋に入る可能性だってある。
とどのつまり、この話は彼女を納得させるための話であって、正しい解決方法とは言えない。
「ちなみに、『君が一人しか居ない』を証明するのは多分不可能でしょう」
「うん、私もそう思う。そもそもキミが知らない私が居るかもしれないしね」
「そういうことです」
僕たちがここで持ち出せる知識は、彼女の知識と、僕の知識だけだ。
それを超える、知恵や発想は持ち合わせることが出来ない。
おそらく、それが出来る人を、天才と呼ぶのだろう。
あいにく、僕も彼女もそれとはほど遠い。
「ところで、方法を知ったところで、実行するつもりはあるんですか?」
「いや、ないよ?」
「どうしてですか?」
知れば実行したくなるのが、人の性というものだと思うのだが。
「理由は二つかな。まず一つ目は、キミがその話をした時点で、キミの提案した方法で複数の私を見つけるのは不可能だと思うから」
その通りだ。研究者である僕が提案している時点で、この案に可能性はない。
「もう一つは?」
「そんなことして、それが教授にとって都合の悪いことだったら、きっとキミを取り上げられちゃうよ」
「……なるほど」
実験体に、教授が望まない影響を与えた。たしかに、この事実だけで僕のクビは確実だ。それどころか、今後彼女にカウンセラーがつくことはなくなるだろう。
やはり彼女は、根本的に考える力を持っている。