二十九日目
今日は、カウンセリングを始めて二十九日目。
眠った彼女は、そのまま麻酔にかけられ、目を覚ますことなく、記憶を映す機械の電極へとつながれる。
僕も重要な関係者ということで、巨大な機械があるその部屋の外から、その光景を覗いていた。
「つらいかね?」
教授が僕に話しかけてきた。
「わかりません」
本当にわからない。
今、目の前にいる彼女は間違いなく死ぬ。
だが、その記憶は次へと受け継がれる。
これは器交換? それとも別物になってしまうのか。
僕にはまだ答えが出ていない。
やがて、機械は本格的に始動し、機械が彼女から記憶を奪っていく。
「………ッ」
彼女の体が脈打つように震えた、みるみる汗をかき、表情から生気が抜けていく。
「……すみません、少し出ます」
僕はそんな彼女を見ていることができなくて、観覧室を後にした。
「終わったよ」
しばらくすると、観覧室から教授が出て、そういった。
「そう、ですか」
つまり、彼女はもう……。
「中に入って、いいですか?」
「ああ、かまわない」
再び観覧室に入ると、機械から取り外された、彼女の遺体があった。
きれいな姿のままだ、まるで眠っているような。
「…………」
「大丈夫かね?」
「はい。ですが、もう少し、ここに居ていいですか?」
「好きにしたまえ、ただし、明後日にはしっかりと気持ちを切り替えておくことだ」
「……はい」
そういい、教授は部屋を後にした。
彼女の手を握る。
まだ温かい。
だが、徐々に、徐々に、時間が経つごとに、彼女の体が保有する熱が逃げていく。
その熱は、彼女の心そのもののように思えた。
僕は彼女が死んだと思っているのか?
まだその答えは出ていない。
得たものは不快な喪失感。
いや。
ほほに伝う涙。
そうか、僕は……、悲しいんだ。