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その参


 綺麗な朱塗りの箱膳には壱太なんか名も知ることのない料理が並び、それが何膳も次々と男の前に運び込まれてきたものだから、壱太はあきれ果てながらもごくんと大きな音を立てて喉を鳴らした。

 なにせ神さんが村にお越しくださったのだ。

 海の神さんだというのに浜に倒れてずぶ濡れになっていたり、言葉の違いがあるのは少し不安に思うところだが、そんなことよりもこの存在感は神さんに間違いはない。

 村長は自分の持てる力を存分に発揮しようと躍起になった。


 「さあさあ、お召し上がりください。今日は神さんがうちの村にきてくれはった大切な日。急なお越しで準備もなにもなかったもんやさかい十分なものやないですけど、心を籠めて作らさせてもらいました」


 言葉はわからないかもしれないが誠意は伝わったのか、男はこくりと頭をさげはしたものの、箸に手を伸ばすことはなかった。

 上座に座る男が料理に手を伸ばさないものだから、壱太なんて口にできるわけもなく、ただじっと料理と男を交互に見ていると、壱太はあることに気が付いた。

 もしかして、言葉も違うから食べ物も違うとか?

 それだったら目の前に御馳走を並べても手がでないのも頷ける。

 壱太はごくりと唾をのみこんで、箱膳に置かれた漆塗りの箸を取り上げて、えいとばかりに目の前の器に手を伸ばし、ほっこりとして甘そうな小芋煮をぱくりと大袈裟に口に入れた。


 「……ぅんめえ!!」

 「壱太!!なにしてんや、お前は!神さんが手ぇつけてはれへんのに先に手ぇだすやなんて!」


 あわてて壱太を止めようとした村長の目に飛び込んだのは、先ほどまで仁王様のように全く動かなかった男が箸と器に手を伸ばした姿だった。

 それからは早かった。

 よほどおなかが減っていたのか、見る見るうちに器が空になっていく。

 それも道理、男の体はどうみつもっても壱太の倍、もしかしたらもう倍は大きいかもしれない。

 体に見合った食事の量もきっと壱太の倍はある。

 けれどいったん箸を持ってみたものの、使い方がわからないのか何度も壱太を見ては手を動かしてはいるものの箸を持ち始めた小さな子供のようにぽろりぽろりとこぼれ落とす。

 なんなんだかなあ。

 箸もようつかわん神さんておるんかいな。

 壱太は村長が考えていることなんて全く信じてはいなかったが、言葉も通じず毛色も違う男が見ず知らずの場所で苦労するだろうことは目に見えている。ここは出しゃばらないほうが利口だろうと口を閉じた。

 村長はそんな些細なことなど気にもとめず、次々と空になる器を見るにつけほくほく顔になっていく。

 ここでもうひと押しとばかりにとっておきの酒をお神酒として差し出すと、神さんはまるで品定めをしているように徳利をじぃと見つめた。

 なんのことはない。

 本当のところ徳利が何かわからないだけだった。

 壱太はいち早くそれに気づいてお膳に置かれた盃を持ち上げてご相伴にあずかるそぶりを見せた。


 「お前というやつは。小さいなりして酒をほしがるやなんて将来が恐ろしすぎるわ」


 浮かれている村長は気づかない。

 壱太がそうやっているからこそ、男が村長の期待通りに動いていることを。

 男が盃を持ち上げて村長の前に差し出すと、村長はいそいそと酒を注ぎ、躊躇なく一気に盃をあおる男を眩しそうに目を細めて見つめた。

 何度か盃をあおると、男の真っ白な肌は朱を指したような赤に染まり、瞳も爛々と輝いた。

 全身からにじみ出るような豪気は、まるで燃えさかる炎のようだ。

 どうやらこの神さんは本当に海の神さんやったんや。

 静かな海と荒ぶる海。

 二つの海がこの神さんには存在してはる。

 村長は自分の考えが的を射ていることに満足した。


 そうして夜も更け翌朝になっても村長の男に対する態度は変わらなかった。


 村長の家に神さんがいることが村に広まったのはそれからすぐのことだった。

 村の者はお供物をもって村長の家にやってくる。

 それを村長が巫覡ふげきのように取り仕切って神さんに直接話をさせないようにして参拝させていた。

 苦々しく見ていたのはもちろん壱太だ。

 男を神さんだとは全く思っていない壱太は、崇め奉られている男に同情すら覚えていた。

 村長の眼を盗んでは男のそばにやってきては初めて会ったときのように小枝でつんつんと男をつつく。

 男も壱太のそんな姿を微笑ましく見つめては、自分が本当に利たいことを「ナンヤ」と言っては壱太に問うた。

 男の理解力は半端なく、あっという間に片言の言葉を使うようになった。

 そうすると今度は村長の在り様に男が疑問に思い始めた。


 「神、ちがう」

 「そうやなあ。そう思うねんけどなあ。今更やしなあ」


 壱太はそれこそ困ってしまった。

 この状況からは助けてやりたいと思うが、じゃあどうしたらいいのかと問われれば知恵が少ない壱太には難しい問題だった。


 「せめてこの家から外にでれたらええのになあ」

 「外、行く」

 「それがええと思うねんけど、そう簡単にはいかへんて」

 「外、行く」


 男が力強い瞳を向けたのは、男が倒れていた浜辺の先にある岬だった。


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