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ディストピア

憑き物が落ちたような気分だった。

自分を苛んでいたものが、全て押し流されていた。連綿と続いていた『俺』の記憶は、どこかに綺麗さっぱり消え去っていた。全部、本当の持ち主に明け渡すことが出来たのだろう。

荒野に転がる自分は、おそらくあと数分も生きていられないだろう。傍らには、アールキエの姿がある。彼女は僅かに顔を上げると、周囲は闇に沈んでいたが、彼女が微笑を浮かべたのが解かった。


「あら、もう戻ってきたの?」


「・・・うん。やれることは全部やったよ。あとは、戦えるやつが、勝手に何とかするだけ」


「何のことかわからないけど、押し付けてきたのね」


「あいつらが始めたことなんだから、その責任はあいつらが取るべきだ」


結果として世界が滅びたとしても、それこそ自分の知ったことではない。


「・・・酷い格好。いじめられたの?」


「少しね。・・・まぁ、お互い様だし・・・こうやって話せる時間があるだけマシだよ・・・」


戦場の気配は、遠くに移動している。おそらくテニキアス王国の王都に向かっているはずだ。この戦は、イグナスたち、元奴隷の軍の勝利に終わるだろう。彼らが、これから国を成すことが出来るかは解からない。・・・おそらく、上手くはいかないだろう。統治出来たとしても十年。そのあとは内部分裂を繰り返し、衰退の一途を辿ることになるはずだ。


「・・・王都が気にならないのか?」


「ならないわ。どっちにしろ、私が気にしてもどうしようもないもの」


「そうか・・・」


「責任は感じないのかしら?」


「責任を感じる理由がない。言ったろ? お互い様だ。それに約束したろ・・・一緒に死のうって」


「・・・あ・・・あは。覚えてたんだ。それ」


「約束したんだ。必ず守るよ・・・って言っても、もう、腕も何もないし、このまま横に並んで死ぬしかないけど」


「止めが欲しいの?」


「貰えるなら」


「・・・痛っ」


ナイフを抜き、這いずるように彼女は、彼の体の上に覆い被さった。


「じゃあ、これでお別れね」


「うん。・・・二度と、こんな世界に生まれたくないね。出来れば、ゆっくりしたい」


「天国があれば、きっとそこでのんびり出来る・・・わけないか。きっと、私たちは地獄に行くわ。・・・そういうのがあるのなら」


「・・・いや、きっと地獄のほうがゆっくり出来るよ。・・・きっとね」


振りかぶられたナイフがファグナリスに落とされることはなかった。ナイフは、彼女の手から滑り落ち、彼の傍らに落ちる。喉から刃を生やした彼女は、ファグナリスに微笑みかけると、刃が抜かれるのと同時に彼に抱きつくように倒れた。

彼女の血に塗れた剣を持っているのは、暗い瞳をした、弟だった。

弟は、剣を構え直し、彼に向き直った。


「姉さんを殺した報いを受けてもらう」


「・・・そうか。いいよ、好きにしたらいい。お前に上げられるものは全部上げた。残ってるのは、俺の命だけだ。欲しいなら、やる。・・・俺が作ったものは、全部マリウスに預けてある。俺が死んだら、お前の元にいくようになっているから、無駄なことはするな。いいな?」


「・・・兄ちゃん・・・あんたはっ!」


「どうした? 迷うなよ・・・このまま勝手に死ぬぞ?」


「・・・っ!」


剣が振り下ろされる。

その狭間に、俺の人生を思う。

ついていない人生だったと思う。後悔だらけで、本当の意味で報われたことなんてなかった。こうやって殺されたとしても、何の文句も言えないようなことをやってきた。

理想郷なんてものはどこにもなく、作り上げることすら出来なかった。

だから、こうやって死に逝く。

無様で滑稽だった。

だから、自嘲するように笑って、刃を受け入れた。





・・・それでも、最期に俺は、自分自身を手に入れて、自分のまま死んでいくことが出来る。それだけで充分だ。

生きた証なんていらない。

理不尽に翻弄され、世界に流されて、けれどそこには必死に足掻いた何かがあって・・・そこに、超越者の介入はなく、自分の意思だけがある。俺が欲しかったのはそれで、だから自分勝手に、自分の作り上げた罪に裁かれ、死ぬ。

素晴らしい、ままならないこの世界の理に、最期に触れ得た幸運を、抱き締めた。

最後駆け足になりましたが、これで一応終わりになります。最後まで読んでいただいてありがとうございました。感想いただけると嬉しいです。

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