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女神の寝所

ゆっくりと世界が沈んでいく。

そう、アールキエが感じたころには既に世界から切り離された場所にいた。ここにいるのは、二人だけ。そのはずなのに、近くに巨大な何かがいると感じた。それも複数。激しかったファグナリスとの攻防も鳴りを潜めていた。


「・・・どういうこと?」


「隙間に沈み込んでるんだ」


「・・・?」


「俺やお前が、戦うことによって、この世界に僅かだが歪が生まれる。それは本来なら、こうやって這入れるほど大きくはない。それを、俺は無理矢理広げたんだ。数多の人間の死を集める魔法陣と、俺とお前の持っている力の圧力で」


「・・・」


「ここから先に這入れるのはひとりだけ、お前は、そのための鍵だ。・・・呆けるなよ」


この空間に気を囚われているアールキエの背後に回り込み、その背中を無造作に切り裂く。悲鳴を漏らすことなく倒れた、彼女の腹に剣を突き入れる。


「ふ、ごほ、ごほっ! んぁ・・・ああ、酷い」


血反吐を吐きながら、恨み言を口にして・・・それでもアールキエは笑っていた。悪戯をした子供を見るような瞳で、ファグナリスを見上げて。


「・・・お前と話していると、気が狂いそうになる。俺は、この先に用事があるんだ。もう、寄り道もしたくない。だから、悪いな。お前とは付き合えない」


「いけず」


「何とでも言えよ・・・俺は決闘をしてるんじゃないんだから」


粒子のようになって消えていったアールキエを横目にファグナリスは剣を振り下ろした。それが最後の一押しになり、女神が眠る次元に足を踏み入れる。

・・・そこは、小さな部屋だった。

揺り篭のように穏やかで、とても世界を作り出した女神の住まう場所だとは思えなかった。

女神は部屋の中央にある大きなキングサイズのベッドで何かを抱きかかえて丸まるようにして眠っている。幼子のように穏やかな寝息が聞こえる。

拍子抜けするほど、この世界に悪意も敵意もなかった。どころか、純粋で無邪気でいて、どこか神聖な雰囲気に満ち満ちている。

血塗れの剣を持つ、自分が場違いであるかのように感じるほど。


「・・・」


歩み寄れば、あっさりとそこに辿り着くことが出来た。

この剣を一突きにすれば、何もかもが終わる。それなのに・・・それが出来るようにはとても思えず、握る剣に力が入らない。紛い物の腕から力が抜けていく。

幼子を殺すことに抵抗を感じているわけじゃない。ただ単純に、ここで眠っている存在が恐ろしい。果たして、これに抗っていいのかと、今更ながらに感じているのだ。


「・・・無理をして抗う必要はないよ。怖いなら、いつものように逃げ出せばいい。また外の世界に戻れば、あなたを脅かすものなんて何にもない」


「・・・っ!」


うっすらと開いた先にある金色の瞳が、視界の端にファグナリスの姿を捉えていた。口調はのんびりとしたもので、剣を向けられているとは思えないほどゆったりとしていた。自室でくつろいだ姿のまま、女神は動こうとしない。

ファグナリスがこのまま逃げ出すことを確信しているようにも見える。・・・あるいは、ファグナリスなど脅威でもなんでもないと捉えている、か。

これが挑発ではないことはファグナリスにも理解できた。


「私が守ってあげる。影に日向に守ってあげる。退屈を殺いであげよう。望むままに振舞って、望むままに蹂躪すればいい。あそこは、あなたのための箱庭で、あなたの自由にならないことなんて、ほとんどない」


「・・・俺は、そのままならない自由が欲しいんだ」


黒い焔の筋が全身に浮かび上がり、今までの日ではないほど、魔力を循環させる。剣が魔力の負荷を受けて悲鳴を上げるように波打った。


「俺が・・・『俺』が預けたものを返してもらうっ!」


「・・・ふぅん」


振り下ろされた刃を、欠伸混じりに見据えて、女神を蝿を払うような動作で腕を振った。それだけで、ファグナリスの体は弾き飛ばされ、この世界の限界として設定されている部屋の壁に叩き付けられた。骨が軋み、内臓が呻いた。

あまりの衝撃に、口内から血が吐き出される。


「何が足りなかったの? 女も与えたし、戦いの場も与えた、尊敬も敬意も信奉も信仰も与えた。子供も与えたでしょう?・・・ああ、もしかして最初の子を殺したのが悪かったのかな? でも、あれは私の端末の暴走だし・・・お金だって、その気になれば幾らでも手に入ったし、あなたは誰よりも強かったはずだよ? 確かに地力では劣っていたけど、私が手を貸してあげるし、ぎりぎりの戦いを楽しめたと思うけど・・・?」


「・・・」


血を拭い、ファグナリスは四肢に力を込めて立ち上がった。


「そんなもの、誰が望んだ」


「あなたが望んだことだよ?」


「俺が望んだのは、お前の人形になることじゃないっ!」


「・・・ああ、調整に失敗しただけか。じゃあ、いらない。次に変える」


「・・・っ」


話が噛み合わないように感じる。それを口にする前に、不可視の圧力が体を襲った。それは容赦なく体を押し潰していく。壁ごと圧縮される直前に、無理矢理足を動かし、転がるようにそれから逃れた。それだけで、体中から力を奪われたような脱力感に襲われる。


「・・・ここまで来るだけの力はあったんだよね、ちょっと甘かったかな?」


ファグナリスの足場が唐突に崩壊し、外の・・・虚無のような世界にファグナリスは投げ出された。


「私のベッドを壊されたくないんだ。直すの面倒臭くて」


八つの棺を従えて、女神はファグナリスの頭上に静止して、その口元に嘲笑を浮かべた。

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