彼と彼女 その3
戦いは、ただ辛いだけのものだ。身も心も傷だらけになる。それを楽しいと思ったことは、ただの一度もなかった。
技を求めたのは、ただ生き残りたかったから。生き残って、誰かとともに生きたかったから。死にたくなかった。何かを成したいと思ったことはない。ただ、死にたくなかった。生きていれば、きっと楽しいことがあると思った。
・・・何もなかった。何百何千と生を繰り返し、得たものはなかった。作り上げたのは、血と肉と臓物の山で、それもただ無為に打ち捨てられるだけのものだった。
ただ、女神を殺す為に、ありとあらゆるものを投げ打って、次へ次へと変わっていった。幸せを望まなかったわけじゃない。幸福になりたいと思った。ありきたりで平凡な、物語にもならない人生を生きてみたかった。
それを望み、志して、手に入れたとしても、それは、結局一瞬で奪われる。いつの時代の『俺』もそうだった。膿み疲れ、足も動かず、頭を上げることすら出来ないほど疲弊して、立ち止まり・・・奪われて、憎しみと憤怒に無理矢理油を注がれて、血反吐を吐くように次に繋げて行く。目的も手段も混在し、どうすればいいのかも解からなくなって、それでも立ち止まるわけにはいかなかった。
愛情を注いではいけない。
機械のように淡々と次の自分に繋げなければならない。苦しくて、辛くとも、誰かにもたれかかるわけには行かない。奪われてしまうから。
人生を狂わされたと、嘆くことすら出来ない。これは、『俺』が始めたことなのだから。だから、今、終わらせる。『俺』はこれで終わるべきなのだと、心底思う。
奪うのも、奪われるのも疲れた。
だから、ここで、終わらせる。
放たれる氷のような水晶の杭を足場にして、間合いを詰め、刃を振るう。受け流され、反撃されてまた距離を取らざるを得ない状況にひっくり返される。
同じことを繰り返しながら、準備が着々と進んでいることを確信する。
鳴動する魔方陣が、この戦いに巻き込まれて死んでいく兵士たちが、それを証明してくれる。敵も味方も関係なく、俺は、全てを屠殺していく。女神の寝所と至るための生贄を積み上げていく。血と肉と臓物は、全てこのために捧げられる。
「あはっ♪ 心配してたのは、こうやって周囲を巻き込むことじゃなかったのかしらっ!?」
「・・・違うよ、こうやって周囲を巻き込んで戦ってくれないんじゃないかって心配したんだ。王都にいる子供を気にかけるようじゃ、こんな風に戦ってくれなかっただろう?」
三合ほど刃を合わせて、距離を取る。襲いくる杭を転がるように、あるいはそれを足場にして避けていく。
兵どもがたむろう戦場に誘導し、あるいは、黒い焔に巻き込まれるように戦う。
「自分勝手な都合で周囲を巻き込むのね?」
「・・・今は我を通す。・・・どうせ、お互い殺し合って死んでいくだけなんだ。それを有効に利用して何が悪い」
「全然? 悪いことなんかないわ。こういう趣向も楽しいもの。それに、彼らにとって、この死は尊き殉教よ。信奉する王のために命を投げ打つ。それは、王との同化と同義よ。素晴らしいわ。きっと、それは何よりも強い快楽を与えてくれる・・・うふふ。人は、気持ちいいことが大好きなんだもの。それがどんなものであれ、快楽が伴うなら、どんな手段を持っても手に入れようとする・・・浅ましく、醜く、それでいて、どんなものよりも輝いていると思わない?」
「・・・どうでもいいさ。俺にとって、それに利用価値があるかないか・・・それだけなんだから」
「そうね。そういう風に人を導いたのは、あなただものね」
吐き捨てるように言った言葉を皮肉るように、彼女は微笑を浮かべて言った。
「それを悪徳と罵りはしない。そういうのも悪くないわ。私は、人の悪心を愛しているもの。それがこの世界に戦いを呼び込むのだから、愛さずにはいられない。戦いは、快楽よ。圧倒的な力はつまらないわ。虫けらを踏み躙ったところで何が楽しいの? 真の悦楽とは、命を奪い合うことでしか生じない。対等な人間を殺して、殺されて、その瞬間に感じる快楽は他のものとは比べ物にならない。体を重ねるのは気持ち良いわよね? 食べるのも、排泄するのだって気持ちいいわ。・・・だって、そういう風にプログラムされているんだもの」
「何が言いたい」
「もっと愉しんだら? 戦いは、心を持つ人のみが行使できる快楽のひとつよ? 憎しみや怒りだけで戦うなんて滑稽だわ。もちろん、そういうのもスパイスに必要だけれど」
「・・・」
「この一瞬を貪りましょう? 私たちには『今』しかないのだから」
「お前の矜持を俺に押し付けるなっ! 死神が!」
「・・・あは、自分に素直になったら? 本当は人を殺すのが好きなんでしょう? あなたの本質は戦士じゃなくて、ただの人喰い鬼なんだから」
「俺を定義するんじゃねぇっ!」
どく、と心臓の脈打つ音が聞こえた。
・・・このやり取りを、俺は知っていた。ああ、でも、思い出せない。『俺たち』の記憶にこんな会話はない。だけど、なんでだ・・・? どうして俺は、啼きそうになってるんだ・・・




