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彼と彼女 その2

ふと、自分の人生を振り返る一瞬がある。

恵まれた容姿や能力、それによって勝ち得た人生。上手くいかないことはなく、望めば何でも手に入った。それが、正規の手段で得たものであれ、不正規の手段で手に入れたものであれ、気付けば手元にあった。だからこそ、思うことがある。人生とは、無価値だ。歩んできた人生に意味はなく、これから先の人生に意義はない。

望めば望むだけ、必要なものが手に入る。金も、権力も、おそらく、望めば安定した老後すら手に入れることができるだろう。誰もが夢見るような、幸せに満ちた世界が開かれているはずだ。・・・それは、きっと退屈なものだろう・・・アールキエはそう思う。

生まれだけは下賎であったのは間違いない。それでも、今の地位があった。その地位に居座っている意味を、アールキエは見出せない。確かに望んで手に入れたものだが、別に良い生活をしたかったわけではなく、権力が欲しかったわけでもない。退屈凌ぎで、暇潰しの遊び。王とともにあったのも、戦争を起こしてみたのも、ゲームの延長でしかない。

恋愛ゲームをやってみたくなっただけ。戦争で兵士を使って遊んでみたかっただけ。

何もかも上手くいった。つまらないほどあっけなく終わった。心から楽しんだ記憶はない。他者を踏み躙り、数多の人生を葬って、僅かに無聊が慰められた。他人の狂い踊る様は、僅かな悦楽を与えてくれた。そして、やはりそれもそれだけだった。

まるで庇護されているようだと思う。

神の見えざる手が自分を生暖かく包み込み、緩く抱擁されるように。

・・・与えられたものを、嫌がることはない。甘ん、全てを喜んで受け入れよう。それらは、結局全てが自分の力なのだから。拒否する謂れはない。喜んで行使する。・・・それを受け止めてくれる人間がいるのなら。圧倒的な力でただ蹂躙することに快楽は伴わない。あったとしても、僅かに破壊欲求が満たされるだけ。

楽しいなどとは思えず、虚しいだけで。

だから、壊れない玩具が欲しかった。信奉なんていらない。崇拝なんていらない。ただ、満足できるだけの遊び相手が欲しい。自分と同じ目線で、自分と同じ高さで、ありとあらゆるものを与えられ、それすら利用して自分のために力を振るう誰か。

神に愛されてしまった超越者。苦難と試練にあえてぶつかっていく怪物。

愛すべき、神の敵を自称する、小さな竜。

・・・楽しいと感じた、彼との戦い。

初めて上手くいかなかった戦闘。欲しくても手に入れることが出来なかった男。

ぼろぼろで、今にもぽっきりと折れてしまいそうな心。本当は泣き喚き、地に伏して動きたくないだろうに、それを押し殺して進む足。女神に抗わなければ、望むだけの幸せを手に入れていただろう。児戯の如く駄々を捏ねて、子供のように抗っているだけだったなら、まだ苦しまなかっただろう。全てを食い殺し、進まなければ、傷付かなかっただろう。

・・・それら全てを飲み込んで、彼は今ここにいる。

私を見て、私だけを感じて、私だけを欲している。

私を手にれて、更に先に進むために、嗚咽の変わりに雄叫びを上げて、恐怖を食い殺して駆け寄ってくる。


「きっとあなたは私を満たしてくれる」


「・・・そんなことのために、戦ってるわけじゃない・・・」


「お互いの利益のための戦いは、人として当然の行いだわ。私は私のために、あなたはあなたのために、お互いを貪り合う。・・・素晴らしいとは思わない? 私たちは誰よりも人間らしいわ。主義も信奉も、私たちには関係ない。いつまでもどこまでも自分の為だけに力を振るうだけ。・・・ありとあらゆるものを巻き込んで、ね」


空気中の炭素を結晶化させ、巨大な杭を作り上げ、彼に向かって放つ。それを彼は、剣の鎬を削って方向を逸らす。斬ろうと思えば斬れただろうが、それをすれば、振り切った直後を襲われる。彼女はそれを狙っていて、そうすると踏んでいたのだが、それをしなかった彼に向かって踏み出していた足をたゆませて、後ろに跳んだ。


「・・・小手調べは済んだ?」


「・・・王都には、お前の息子がいるんじゃないのか?」


彼からの心底どうでもいい質問に、彼女は小首を傾げて、答えた。


「? 私があの子を守る理由がないわ。私があの子と同じぐらいの年には、独りでなんとかしていたんだから。・・・それに、望んで出来た子じゃないし」


「・・・そうか。・・・『次元位相侵食』の発動を許可する」


「わあ・・・凄い」


大陸を包み込むような巨大な紅の魔方陣が空に描き出される。それは、遠方にまで広がる数多の戦場の兵士たちの目に映りこんだ。空から明るさが奪われ、魔方陣の紅に照らし出された。天変地異のようなその魔方陣に、戦場の動きがぱたりと止まった。


「お前の望みを満たしてやる。だから、寄越せ。全てを」


「欲しかったら奪い取りなさい。得意でしょう?」


竜の咆哮が木霊し、今までとは比べ物にならないほど巨大な黒い焔が吹き上がった。全てを焼き尽くし、全てを暗い尽くすように。

ぞくり、と彼女の背筋が僅かな悦楽に震えた。

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