怪物
周囲の全ての命を喰らって、彼は再生する。ただ、あまりにも酷使してしまった両腕は再生することはなかった。右腕は肘まで残っていたが、彼は自らそれを切除した。代わりに、両腕を『求道王の義手』に替えた。
生身だったころよりも調子が良いと、彼は自嘲するように笑う。
彼が腕を設えてる間に、アベルはミエルハンス皇国の復興に追われた。破壊され尽くした首都を放棄し、第二都市を首都に据え、ファグナリスの軍を雇うことを決定し、駐留軍として扱うことを決定した。その他、ファグナリスの出した、本来ならば突っぱねるべき案件全てを飲んだ。それだけミエルハンス皇国の受けたダメージは巨大だったのだ。
下手を打てば、復興支援という名目でテニキアスに実効支配される可能性すら出てしまった。ならば、と内政干渉しないファグナリスの軍を迎え入れたのは、苦肉の策ではあったが、なんとかそれは上手く回った。
その代わり、再びテニキアス王国連合と敵対することになってしまったわけだが、ミエルハンス皇国としては、ただ緊張感が高まっただけの感覚しかなかった。潜在的に二国はどこまでいっても敵国でしかなかったからだ。
天幕で横になっていたファグナリスの元にケービットが訪れたのは、周囲のごたごたが一段落した頃だった。
彼の来訪を、ファグナリスが喜ぶことはなかった。何もかも諦めたような瞳で、自分を見つめるファグナリスに、ケービットは言い様のない不安を覚えた。
「・・・ローザンヌは、見付からなかったようだな」
「あぁ、そうだな」
「娘はどうした? 近くにいないのか?」
「カスペルに預けたよ。俺の近くにいるより、あそこで暮らしたほうがいい。すぐに戦争が始まるからな。近くに置いておけるわけがない」
「言い分は解るが、あの子だって母親を亡くしたんだ、親父のお前が近くにいてやるほうがいいんじゃないか?」
「・・・俺はあの子を守ってやることが、出来ない。俺の回りは危険だからな・・・それより、次の戦争は、俺と行動を共にしてもらうぞ? 話は聞いてるな?」
「ああ、アベルから直々に言われたよ」
ファグナリスに無理をしている様子は見られなかった。淡々としたその受け答えは、行動を共にしていた時にはなかったものだったが。
「また、小部隊で行動か。今のお前なら前線に出なくてもいいだろうによ」
「・・・俺たちは、軍でどうにもならないのを相手どるんだよ。被害は少ない方がいいだろう?」
そう言って、ファグナリスは皮肉気な笑みを口元に浮かべた。
アールキエは、ミエルハンス皇国の動きを見て、近い内に大規模な戦争が起こることを確信した。西側を一年たらずで支配した覇王が、ミエルハンス皇国に出向いたと聞いた時には予感があった。
未曾有の大災害ーーと、言われているーーが起こり、首都が壊滅したというのは、アールキエにとってよい知らせのはずだった。少なくとも、覇王がそこに駐屯するまでは。
そのおかげで、軍を動かすタイミングは逸してしまった。今動かせば、準備が整わない状態で開戦となってしまうだろう。そう考えれば、ミエルハンス皇国が復興に注力するのは有り難かった。そのおかげで、準備に時間を割けるのだから。
テニキアス王国連合に隣接する国はほとんどが、覇王の支配下にあり、その全ての国境線で緊張感が高まっていた。
情報が間違いなければ近い内に攻め込んでくるはずだ。
言ってはいけないのだろうが、アールキエは、それが少し楽しみだった。最近は、西側だけが派手に動いていて、こちら側は酷く退屈な平穏に包まれていたから。
政務にも身が入らず、大臣や諸侯に丸投げしていたし、息子である王子が、幼いながらも優れた政治感覚を持っていたので、勉強と称して会議に出席させていた。
世界は退屈で、興味も湧かず、やる気も起きなかった。平穏しかないのなら、政治に関わる必要もない。だが、今は違う。
新しい戦乱が、それも今までにないほど強大な戦争が始まろうとしている・・・これが心踊らないわけがなかった。
カーラムを呼び寄せ、直属部隊の様子を確認し、埃を被り始めていた武具に腕を通した。戦場を駆け回っていた時と変わらないように装備できたことが妙に嬉しく感じられて、アールキエは苦笑を浮かべた。
・・・おそらく、いや、きっと、そこで彼と逢う。直接逢うのはどれぐらいになるか解らないが、実のところ、それが一番楽しみだった。
今の彼が雑兵に殺されるわけがない。だから、逢えない場面を想像できない。
彼は大部隊を率いるのだろうか、それとも以前のように小さな部隊を率いるのだろうか。
・・・それを含めて、楽しみだった。開戦が待ち遠しかった。
アールキエの願いは、この一月後、叶うことになる。
そう。この世界のほとんどの人間が関わることになる大戦が幕を開けたのだった・・・




