密命
ベルゼアムは、山岳に囲まれた小さな国である。人口も兵力も大国である二つの国に比べればかなり少ない。これといった特産もないが、それでも中立を守れていたのは、この国に優秀な魔術師が多数存在していたからだ。
ここで造られた魔術は様々な国に利用され、更なる技術を得るため多大な出資を受けることにより、かなり豊かな国となっていた。
その王都を、ファグナリスはケービットを伴って歩いていた。
「平和な国だな」
「そうだね」
穏やかな空気がゆるゆると流れ、気分を弛緩させられてしまうようだ。
ここに、彼らは密命を受けて入国していた。
遡ること一週間前。
ファグナリスは、『王の剣』の部隊長が詰める隊舎に呼び出された。アリシャやアベルのことで不貞腐れ、ミリアのところでーーとは言っても、以前暮らしていた部屋なのだがーーふて寝をしていたファグナリスはかなり不機嫌だったが、それでも出頭していた。
そして、部屋にいた男の姿にかなり気分を害され、更に眉間に皺を寄せた。不機嫌を隠すことすらしなかった。
「やあ」
それでもカスペル・エリアルは友好的な笑みを浮かべてファグナリスを迎え入れた。
「何故ここに? エリアル卿、ここは貴方のような方が来る場所ではないでしょう?」
「そんなことはない。私は君らを総括する役目がある。現場視察のようなものだよ。まあ、今回は特別だがね」
「我々は陛下直轄の部隊です。エリアル卿の管轄ではないはずですが?」
「そうだね。それは間違いではないよ。ただし。私は今、陛下の命を受け、ここにいる。君らの部隊長は、別の仕事を仰せつかっているところだがね」
一枚の書類を取り出し、カスペルはこれみよがしに机の上に置いた。ファグナリスはそれを一瞥し、視線をカスペルに戻した。
その書類には王印が捺印されており、王直筆の命令書であることを証明していた。
「密命ですか」
「ああ。これには私も関わっていてね。自ら届けに来たんだ。視察という形でね」
書類を手に取り、ざっと目を通す。
僅かに眉尻を上げ、怪訝な目をカスペルに向けた。そこには確かにカスペルが関わっていた。より正確にするならば、エリアル家そのものが。
「よろしいので?」
「必要なことだ」
かなり冷徹な物言いだった。それにファグナリスは僅かに嫌悪感を覚えた。
命令書にはこう書かれていた。
カリアス・エリアルを暗殺せよ、と。
カリアス・エリアルは、現在、エリアル家を牛耳っているエリアル家の当主である。つまり、カスペルの父。そしてアベルの祖父に当たる。
カリアスは実質上軍部の支配者であり、この度の戦端を開いた男である。ただ、教会とともにかなり強引な手管で戦争を強硬をしたためかなり不況を買っている。
そして、似たようなことをカリアスは幾度となく行っていた。王の言葉に耳を貸すことなく、だ。
王の忍耐ももはや限界だったということだ。
カスペルは言った。父は最終的に王位を簒奪するつもりなのだ、と。
それが可能かと問われれば、可能なのである。遠縁ではあるが、エリアル家は王位継承権を保持している。理由さえあれば、王位を手に入れることは不可能ではない。
実際にその気があるかは定かではないが、これまでの行動からその意があるとされ、エリアル家が取り潰される可能性があることをカスペルは恐れた。父の無謀な企みの片棒を担がされてはたまらない。
カスペルは先手を打ち王に謁見し、今回の計画を提案した。王はそれを快諾し、限られた人間しか知らされていない『王の剣』にその任務が宛がわれたのだ。
ただし。このことは、ファグナリスとケービットしか知らない。他の隊員は別の任務に就いている。表向きはファグナリスたちもそうである。
それは会談に訪れたカリアスと、その孫娘であるリーゼリアを密かに護衛すること。このこと事態はカリアスに伝えられているし、リーゼリアについてはマリウスとローザンヌが直接護衛している。
ファグナリスは町を見回り、万が一の可能性を考えて、この会談に参加しているテニキアス側の動向を探る、という任務に就いていた。
実際のところは逃走経路の目星をつけるための散策だが。
「貴族様ってのは大変だな。あーだこーだと気を巡らせなきゃなんねぇ。どうなんかねぇ、そこんとこ? 疲れないのかね?」
「さあ。そういうこと考えるから貴族になったんじゃない?」
「ははっ! なるほどな! それなら納得だ!」
からからと笑いながら、ケービットはばしばしとファグナリスの肩を叩いた。
「で、だ。ちょっとお前さんに聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
「お前さんが貴族様御用達の娼館から出てくるのを見たんだがよ」
「・・・」
見られていたこと、その事に気付かなかったことに気恥ずかしさを覚えて、ファグナリスは赤面して俯いた。ケービットはその様子をにやにやしながら見やる。
「何してたかって聞くのは野暮だろうから聞かねぇがよ、どういう伝手があったのか・・・あっちで詳しく聞かせてもらおうか?」
そう言うやいなや、ケービットはファグナリスを引き摺るように近くの飲み屋に入った。有無を言わせぬ強引さにも引き摺られ、ファグナリスはあっという暇すらなかった。




