時間
とにもかくにも、一方的な要求だけが述べられた会談は終わった。あとはファグナリスの要求をどのようにするか、高官を交えて協議し、結論を出す。二週間もあれば終わる作業で、ファグナリスの示した期日には余裕で間に合うだろう。おそらく、ファグナリスの要求はほとんど呑まれることになる。テニキアス王国連合に恨みを持つ官僚も、民もまだ五万といる。
それは、テニキアス王国連合側も同じである。それだけ、十年以上続いた戦争の傷跡は深い。さらに、ミエルハンス皇国は、対外的にはテニキアス王国連合に敗れたことになっている。根底に渦巻く感情はそれだけ深刻である。かくいうアベルも抱く気持ちは同じである。
ただ、彼の身分は王であり、王である以上はそういった個人的感情で動くわけにはいかないのだ。だから、今、個人的な時間になったにも関わらず、領土を持たない戦王にどう話しかければいいか解からなかった。
弟ととして接するべきなのか、それとも他国の人間として扱うべきなのか。判断がつきかねた。
「・・・兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
「・・・聞きたいことがあるんだけど」
「ああ、言ってみろ」
「・・・一緒に連れてきたのは、俺の・・・義姉さんと姪と考えていいのかな?」
「・・・ああ。そうだな。ちゃんと紹介しないとな。もう公務は終わったんだろ? なら、ついて来い。紹介する」
そう言うとファグナリスはさっさと踵を返してしまう。慌てて、アベルはそのあとを追った。ファグナリスの歩みは速かった。どこか焦っているようにも感じる速度にアベルはなんとかついていった。
「兄ちゃん、歩くの早くない!?」
「お前、机仕事ばかりで身体が鈍ったんじゃないのか? ちゃんと鍛錬してるんだろうな? エリアル家は武門の名家だろ? サボるのはまずいんじゃないか~?」
「ここ最近は執務が以上に忙しかったんだよ! それこそ机から離れられないくらいだったんだ。・・・それもこれも、兄ちゃんが西で好き勝手やるから!」
「はは。そりゃ悪かった。ま、俺にもいろいろあるんだよ。・・・ま、全部自分のためのことなんだけどな・・・がんばってるようで何よりだ。・・・・・・なぁ、アリシャはどうしてた?」
「・・・姉さんは部屋にこもることが多くなったよ。最近、兄ちゃんがここに来るって聞いて、帰ってくる帰ってくるって騒がしかったけど」
「・・・は。俺が、帰ってくる・・・ね。笑わせる。ここは、俺の家じゃないっての」
吐き捨てるように言うファグナリスの言葉の冷たさに、アベルは一瞬、背筋が凍るような何かを感じた。後々、彼はそれがなんなのか気付くことになる。酷い後悔と一緒に。
爆発音が聞こえたのは、二人が目的の部屋に到着する道の半ばでのことだった。場所は、その目的の部屋。ファグナリスは無言のまま駆け出し、アベルは近くの兵に指示を出してから兄を追った。部屋に飛び込んだファグナリスの切羽詰ったような横顔が見える。その視線の先には、金髪の少女が唇の端から血を流して痙攣して倒れている。
アベルはそれが誰かに似ているとは思ったが、それが誰なのかは解からなかった。
「兄ちゃん、これはなんだ!?」
「手が早いな、本当」
呟きながら、ファグナリスは少女・・・ミーアの胸に手を置いて、黒い焔で彼女の身体を包み込んだ。
「兄ちゃん!?」
「黙れ。集中できないだろ・・・くそ、いきなり致死量を仕込むか・・・本当に我慢の限界だったみたいだなっ!」
憎悪のこもった叫びを上げ、ファグナリスはまるで自分を責めるように唇を噛み締めた。数分ぐらいだろうか。ミーアの身体を覆っていた黒い焔が消え、意識の戻った彼女がファグナリスに抱きついて、泣き始めた。
その間にも爆発音はそこかしこで鳴り響き、剣戟の音が響き渡る。
「何が、起きてるんだ!」
「俺が帰ってこないって悟ったやつが、腹いせに俺の子供と嫁を殺そうとしたんだよ。こんな戦闘になるとは向こうも思ってなかっただろうがな・・・」
「・・・まさか、テニキアス・・・」
「そんなわけないだろ。身内だよ。こんなことをするのは、いつだって身内だ。・・・いいこと教えてやろうか」
「?」
「・・・もし、俺がここに戻りたいと言ったら、あいつはお前を殺して俺をお前の席に座らせただろうよ。俺が、二度とどこにもいかないように、な」
「・・・待ってよ、兄ちゃん。それ、まるで・・・」
まるで、姉さんが自体を引き起こしているみたいじゃないか・・・その台詞をアベルは寸でのところで飲み込んだ。それを言ってしまったら、今までの生活の総てが、抱いてきた思いが否定されてしまうように感じたのだ。
その様子に、ファグナリスはどこか哀れんだような笑みを浮かべた。
「お前は正しいよ。だから・・・これ以上は、関わらない方がいい。これ以上は見聞きするな。結果だけは、教えてやるから・・・」
ミーアをアベルに抱かせ、縋るように手を伸ばすミーアの頭を軽く撫でた。そうして、ファグナリスは疲れたような足取りで爆音の方に向かって歩き出した。二度と、振り返ることなく。ひとつの決着をつけるために。




