会談
少し馬車を急がせ、ミエルハンス皇国の王都に辿り着いた時には既に日が沈んだ頃だった。それにケービットは僅かに顔をしかめた。予定されていた会談の時間よりも、遅れが出ていたからだったが、ファグナリスは、そのことをさほど気にしている様子はなかった。
ゆったりと余裕を持って構えている姿は、王者のそれだったが、本人にそのつもりはない。会談などと言っているが、実のところは意見のすり合わせで、ただの顔見せであると思っているからだった。アベルには伝えたいことだけ伝え、交渉をするつもりはないのである。
アベルが・・・ミエルハンス王がどのような答えをだそうとも、ファグナリスにはどうでもいいことだった。結果、戦争となろうとも、そこに関わるつもりもない。イグナスが勝手に攻めて終わりであり、アベルを助けるつもりなどさらさらなかった。
それぐらいは自分で切り抜けてもらわなくては、王を名乗る意味がない。そう、考えているということももちろんあるにはある。
「・・・奥方たちには部屋を用意してあります。ファグナリス様にはそのままアベル王の下に向かっていただきますが・・・よろしいですか?」
ケービットから引きついた侍従の言葉に、ファグナリスは僅かに考えを巡らせ、鷹揚に頷いて見せた。そのままローザンヌたちと別れ、案内されるままアベル王の用意した客室で待つこと数分。アベルはファグナリスの前に姿を現した。
ミエルハンス皇国という大国の権威を纏う弟との再会に、ファグナリスは僅かに感慨深いものを覚えた。思っていた以上に落ち着いていて、成長が見て取れた。それを喜ぶ部分がないかと問われれば、ある。喜ばしいと素直に思っているが、それを顔に出すことはしない。
ここにいる以上、公人として振舞わなければならないからだ。その辺り、公私の区別はきっちりとつける。
侍従が軽い飲み物を豪奢な机の上に置き、退室するのを見計らって、アベルは口を開いた。
「・・・久しぶり。元気だった?」
「ああ。そっちも元気そうで何よりだ・・・とりあえず、話を済まそう」
「そうだね。確かにここでの話の方が、お互いの数年を語るよりも重要だ。・・・では、ファグナリス王。話し合いをしよう」
「ああ。・・・一応、断りを入れるが、俺は王じゃないぞ? その辺りは踏まえて、こちらの要望を伝える。まず・・・こちらには、戦争の用意があるということを前提にして、思考してほしいが・・・俺たちの要求は三つ。まず、奴隷の解放」
「それに関して、我が国では、奴隷制を撤廃している。私が王に即位して、少数ながらそのような風潮はあったたが、即座に処分した。奴隷は開放し、土地を与え、生活の保障をしている。経過観察の書類もある。必要ならばそちらから使者を送って、確認してもらっても構わない」
「了承した。正式にベルゼアムと我が軍から数名選抜し、視察として送る。資料の用意を頼みたい」
「解かった」
「次だが、不可侵条約の締結を望む。我々は、貴国と積極的に戦いとは思っていないが、奴隷を生産しているテニキアス王国連合は別だ。彼の国を攻める時、こちらに手を出さないよう約束してほしい」
「それは難しい。我が国は連合に所属している以上、敵対するもの対して、攻撃をしないわけにはいかない」
「構わんが、そうなれば、こちらとしては貴国を滅ぼすしかない。邪魔は排除する・・・我らのやり方は知っているだろう?」
「恫喝か・・・」
「そうだ。約束がとりつけられないなら、叩き潰すより他ない。幸い、そのための戦力は整っている」
「・・・猶予がほしい。独断で決められることではない」
「解かっている。しばらくは待つ。それは約束する。・・・では、最後だ。旧ベルゼアム領の返還を求めたい。これは、女王陛下の悲願である」
「了承する。ただし・・・こちらからの要求をひとつ呑んでいただきたい」
「なんだろうか」
「返還する代わり、そちらの戦力を提供していただきたい」
「・・・具体的に」
「大規模破壊魔術の基礎理論の開示」
「・・・それは難しい。技術者は我らの宝だ。それをおいそれと明け渡すにはいかない。・・・技術は渡せないが、兵員をいくつか貸し出すことはできる。無論、その中に大規模破壊魔術の技術者もいる。それが、現段階でこちらが確約できることだ。・・・ただし。条件さえ整えば、技術を開示することは可能だ」
「それは?」
「こちらの要求の二つ目を呑め。そうすれば、基礎理論はくれてやる」
「・・・時間がほしい」
「それも、くれてやる。だが・・・一月は待たない。過ぎた時点で、俺はお前の国を滅ぼす・・・結論は早めにな」
あまりにも一方的な物言いに、アベルは臍をかんだ。だが、言い返すことは難しい。何せ、目の前にいる兄であるはずの男一人だけでも、この国は滅ぼされてしまう可能性があるということを重々承知している。無論、そこまで浅慮なことをファグナリスがしないことも解かっている。一方的に要求されるということ事態は覚悟していたことだから、何も思うところはない。だから、とりあえずこの一方的な要求を受け取るだけの会談を終えることが出来たことに、アベルは安堵の息を吐き出した。
「・・・兄ちゃん、我侭になった?」
「俺は必要なことを要求しただけだよ、アベル。嫌なら、抗えるだけの力を持つんだな。それが、我を通す方法だ」
「・・・それが出来れば苦労はないよ」
「まったくだ」




