血の繋がり その3
「鷹を剣が貫いてる紋章でしょう?」
「ああ」
「五大貴族の紋章でしょ。エリアル家の。軍事のエリアル。有名でしょう?」
「…そうなの?」
ファグナリスの胸板に頬を預けていたミリアは顔を上げて、心底あきれたような顔でファグナリスをまじまじと見た。
「本当に、ファグナリスって兵隊なの?」
「俺は王の直轄部隊だし。そもそも、国のことなんて解からないよ。そんな余裕なかったし、今もない。生き残るだけで精一杯なんだ」
「興味がない、の間違いでしょ? ファグナリスはいっつもアリシャとアベルのことばかりなんだから」
「…それで、そのエリアルの人間のうち誰がここに出入りしてたんだ?」
「若君って言ってたわ」
「…言ってた?」
「…揚げ足取るな。若君よ、若君!」
ミリアの持ってる情報は、おそらくマダムが教えたものだろう。ミリアが客の前に出ることなんてなかったはずだから。そして、たとえ見ていたとしても、覚えているはずがない。ファグナリスの記憶にあの紋章を見た記憶はない。時折、店の受付に立っていたこともあるのだ。その時に、そんなものを持った者は見なかった。
「そういえば、エリアルの若君、最近、妻を亡くされたそうよ。娘しかいないという話なんだけど。…ね、もしかしてアベルのお父さんって…」
「…さぁ?」
それを確かめる。そして、いまさらアベルに手を出してきた理由も。もし、ただ自らの悪趣味を押し付けるような人間だったら…殺すだけだ。貴族であろうが、なんであろうが、家族に害をなそうというのなら、排除する。
今までやってきたのと、同じように。
「…ファグナリス」
「ん? なに?」
「今日一日、きっちりと付き合ってもらうからね。その分のお金、払ったんでしょ?」
「…は、あはは」
覆い被さって来るミリアに苦笑を向けて、ファグナリスはそっとその頬を撫でた。
カスペル・エリアルはふらりと路地裏にその身を隠すように入った。愛用のエリアル家の紋章の彫られた杖をかつん、と石畳に叩き付ける。それは、牽制だ。背後から迫ってきた人間に対する。私は気づいているから襲い掛かってくるな、と。
「私をなぜ尾行したのか、聞かせてほしいな」
「…ばれていたか」
「…」
その少年は既に剣を抜いていた。逆光で顔は見えないが、それが誰かはカスペルはなんとなく想像がついた。
「本当はあんたの従者でも脅して、あの孤児院に出入りする目的を聞こうと思ってたんだが。あんたが一人で出歩いているのを見て、追ってしまった」
「都合が、よい、と?」
「ああ。否定しないよ」
「…私に聞きたいことは、何かな?」
「孤児院に出入りする目的だ」
「…答える義務はないと思うがね」
「答えなければ、答えてもらうようにするだけだ」
剣を構える少年にカスペルは苦笑を浮かべる。構えを見れば解かる。少年は素人だ。武を洗練させ続けてきたエリアル家の時期当主に立ち向かうには、いささか拙いと言わざるを得ないだろう。だが、カスペルに戦う気はなかった。
「見極め、かな」
「…」
「あの子が、私の家に迎え入れても良い子なのか確かめる必要があった。武の名門であるエリアル家には武を伝え育て、強者を作り出す義務がある。貴き者の義務だ。解かるかい? 少年。私は家のためにやらなければならないことがある」
「理解はする」
「退いてくれるかな?」
「…」
少年は嘆息し、一気に間合いを詰めてきた。
「…参ったね」
受け止めようと思った瞬間、カスペルは一気に後方に飛んでいた。それは、武を刷り込まれた本能の為した奇跡だった。少年が振り下ろした刃は石畳を深く切り裂いていた。刃が届いていなかった部分もだ。もし、これをただの杖で受けていたら、カスペルは為す術もなく真二つにされていただろう。
「信用ならん」
「…思ったよりも強いようだね」
「…」
「本当は…リリアナを迎えるつもりだった。妻を愛していなかったわけじゃない。でも、やはり彼女のことが忘れられなかった。所詮、私は彼女を買っただけに過ぎないけどね。それでも…。なぁ、少年。いや、ファグナリス。もう、解かってるんだ。剣を納めてくれないか? その技…かなり、君自身に負担をかけているはずだ」
「…」
少年…ファグナリスの腕からぶすぶすと黒い煙と、焼け焦げたような臭いが漏れ出ている。彼自身も気付いていることだ。
リリアナ…母の名を出された時から、ファグナリスに迷いが生まれていた。嘘をついているようには見えない。実際、嘘はついていないだろう。ミリアに聞いた風聞では、カスペルは馬鹿正直な貴族というものだった。
戦い方も真正面からの激突を好み、それに答えられる臣下を従えている。自身も伝来の武技を修めており相当な巧者でもある。
「例え、その気持ちが本当だとしても、あまりにも遅すぎる」
「…私に、自由はない。特に婚姻ではね。より良い血を、自らの家に有利になるような血を入れなければならない。そこに自分の思いは存在しない。あってはならない。義務だからだ。その義務も、果たした。だから、今度こそ…と思ったのだがね」
「だから、アベルか」
「あの子は、私の息子だ。会ってみて、確信したよ。エリアルの血があの子には流れている」
「…」
「心配しないで欲しい。アリシャも私が後見人になろう。もっと見聞が広がるように、あの娘がなりたいものになるための協力をしよう。君もだ。生活に苦労させるつもりはないよ。あの孤児院も安全ではないことは、解かるだろう? 少なくとも君が望んでいる幸せは手に入ることはない。約束しよう。君たちを必ず幸せにする」
「俺はいい」
「…」
「あんたの庇護を受けるつもりはない」
「しかし、君はリリアナの…」
「…俺には居場所がある。大事な場所だ。そこを、守らないといけない。あんたと同じだ」
それが家なのか、別の何かなのか。それだけの違いだ。そのことをカスペルは理解した。だから、踵を返して去っていく少年の背中を追うことが出来なかった。
止める力を、カスペルは持っていなかった。
この三日後。アベルはカスペル・エリアルに引き取られた。アリシャは、エリアル家の紹介と庇護の下、全寮制の学校に入学することになった。
ファグナリスは新しい任務を承り、中立国・ベルゼアムに『王の剣』を率い、出立することになった。




