引継 その9
いなす、回避する、攻撃する。何度か殴りつけたが無駄だった。何度か蹴り上げたが無駄だった。的確にサポートに入ってくるファグナリスの攻撃もアメティスタに僅かな痛痒を与える程度で、致命傷には至らない。
・・・唯一、神器を持たない『英雄』は、その体こそが神器だったということに、求道王は気付いた。
だが、それが解かっても尚、彼は愚直に攻撃を繰り返した。いつか届く。そう、確信して。これまでの人生のように機械的に、淡々と。
僅かな水滴が、いずれ岩を砕くように。
義手が壊れ、肉を削がれても、彼は繰り返した。
繰り返して、弱っていった。
確かに彼の攻撃は、いずれアメティスタの体を砕いただろう。現にアメティスタの攻撃は求道王の体を掠りはすれど、まともに当たることはなかったから。
そう、まともに戦っていれば。
「馬鹿だね、ホント。お前は愚直で、ひとつを信じると、そのひとつしか見えなくなった。それがお前の首を絞めるんだ。昔もこうやって殺されたじゃないか」
嘆くように。
悲しむように。
背中からすい臓を貫き、心臓を切り裂き、胸骨を割る、漆黒の刀身。
「・・・貴様」
「俺はそいつの敵だけど、お前の味方じゃあないよ。・・・そうだな。ある意味、俺はついていた。これもあいつの掌の上だと思うといけすかねぇけど・・・そんなことを言っていられる身分でもなかったな、俺は」
「・・・貴様一人であれを殺せるのか?」
「ん? ああ、殺せるよ。俺は、あれと戦ったことがあるから。倒し方は知ってるよ。だから、まぁ安心して、眠れ。またすぐに起こしてあげるから。・・・お前の戦場はここじゃない。ちゃんと、用意してある。お前の神はちゃんと別にいるよ」
「・・・ふん」
黒い焔に一瞬で分解され、灰も残さず求道王は世界を去った。
『さて。もう邪魔はいねぇ。御国言葉を使おうぜ、お互いさ』
『楽に気侭に相手を気にせず会話も出来ないのは不便だ・・・ところで、俺を殺すと言ったな? どうやって殺すんだ?』
『・・・あまり、自分の体に驕っちゃいけねぇな。言っただろ、俺は『崩壊前』お前みたいなのと人類の一員だったときに人類史の中で初めて遭遇したんだ。んで、殺してる。・・・俺の幼馴染だったよ。とても大事な友達だった・・・そういえば、あの時もあいつの仕込みだったな・・・』
僅かに懐古するように目を細めて、しかしすぐにファグナリスはかぶりを振ってその感傷を追い払った。
それは自分のものではない。これはあくまで知識として扱わなくてはならない。
『もう準備は終わってる』
不意をつくように、倒れ、よろめくようにファグナリスは一歩目を踏み出した。その虚をつくような動作に送れて、アメティスタは鋭く尖った爪を突き出した。
ふわりと、ファグナリスの体が風に揺られる木の葉のように揺らぎ、その爪を切り飛ばす。そのまま流れるように、筋肉の筋に刃を通していく。するりと、ファグナリスの剣はアメティスタの腕の筋繊維を中ほどまで断ち切った。
ファグナリスは柄を手放し、アメティスタの追撃から身を翻して逃げた。
すぐに落ちている落ちている剣を拾い上げ、地面を滑るように、まるで転げ落ちるようにアメティスタに肉薄する。
『・・・っ!』
同じ動作を正確に、左右対称に行うファグナリスは淡々としていた。まるで求道王のように。
『さすが、馴染むのが早いな。あいつとは、相変わらず相性が良いらしい』
彼らの様子を眼下に納めながら、教皇は僅かに目を細めた。このままいけば、間違いなくアメティスタは敗れるだろうことが手に取るようにわかる。そして、彼が抗う気がないことも。
「・・・追い詰められたわね・・・」
「と、いうよりもう戦う気がないような気がするんですけど・・・」
「疲れたのよ」
疲れたのだ。
今回のことは、充分に彼と彼女を疲れさせた。これまでの行いの帰結。ここにそのすべてが集約していた。
眼下の彼は、まだ暴れている。まるで鬱憤を晴らすように向かってくる兵士を蹴散らしている。その合間を縫うように攻撃を加えてくるファグナリスを振り払って、破壊を撒き散らす。
「私たちは、結局、あの女を愉しませているだけ。今回の人生は、それに尽きるということ。どうしようもない、なんて道化なの。・・・でも。もう悲しいとも感じないわ。あまりにも長い時間をここで過ごすと、感情も磨耗する・・・気をつけてね。長引けは、あなたもこうなるのよ?」
「・・・私は、きっとそう長く生きられはしないでしょう。感情が新鮮な内に死ねます」
「そう・・・それでいいのね」
ふぅ、と短いため息をついて、彼女は自分の首に手をあてがった。
「では、また」
「はい。それまで、ゆっくりと眠っていてください」
「ふふ。・・・滑稽だわ」
ぶち、と嫌な、耳障りな音がローザンヌの耳朶を打つ。ごとり、と落ちて転がる彼女の首。それに覆いかぶさるように血を撒き散らしながら体が続く。
「・・・人並みの幸せを求めることも許されないのでしょうか、私たちは・・・何もかも捨てて生きていくことは出来ないのでしょうか? 私は・・・私は・・・」
無意味な問いだと、解かっている。
教皇の亡骸を悼むように隠し、教会に火をつけて、ローザンヌは踵を返した。
地上では、決着がつこうとしていた。




