引継 その6
彼の人生は、一言で言うならば『不遇』
それに尽きた。
彼は生れ落ちたその日、両親によってその両腕を断ち切られた。
それは服従の証として、教皇に送られた。彼の両親は、教会に反旗を翻したことのある国の王と王妃であった。結局、アメティスタによって鎮圧されたのだが、そこで彼の両親は教会に逆らう愚かさを知った。しかし、教会はその国を取り潰すようなことはしなかった。無論、興味がなかったからなのだが、それを知らない彼の両親は、教会による更なる攻撃を恐れた。じわじわと殺される可能性を思った。
そして、取った手段は、後継者である彼の両腕を切断し、今後、教会と戦う意思がないことを示すことだった。
彼にとっては迷惑千万なことだったが、とりあえず、このことを恨むようなことはなかった。
彼の故国は、教会に取り潰されることはなかったが、しかしゆっくりと衰退していった。やがて周囲の国に食い潰されるように、費えた。
彼の両親はこの時点で民衆に殺され、その首を路傍に曝された。彼は時たま訪れていた隣国の王に買われた。両腕がないことと、男女問わず魅了するような美貌を持っていた・・・そのことが気に入られた。彼は、性奴に堕ちた。今でも彼は魔法や魔術を使えない。教会による奴隷の刻印を打たれている。
彼の身分は、まだ奴隷である。誰も気付いていないことだし、彼もそれを気にしていない。
犯されながら、彼は教会の聖書を読んだ。女神に祈りを捧げている美少年を犯すことに、背徳的な快楽を彼の飼い主が覚えたからだった。それは気まぐれ故の行為だったが、聖なるものへの侮辱にも取れる行為は、これ以上ない快楽を振りまくものである。だが、それが、聖書の文言が彼の心を慰め、僅かながら救った。
いずれ救われるなどという幻想を抱いたわけではない。ただ、その言葉に触れ得るという事実だけが、彼の理性を最後まで繋ぎ止めた。
彼がこの王から解放されたのは、買われてから四年後のことだった。飼い主はベッドの上で死んだ。彼は飼い主の家臣たちの手によって秘密裏にゴミ捨て場に捨てられた。虚飾はなく、そのままの事実である。身体中を剣で貫かれ、捨てられた。間違いなく致命傷を受けながら、しかし彼は死ぬことはなかった。呟き続けた祈りの言葉が、また彼を死の淵から救った。
言葉だけが彼の味方だった。意識を失うことがなかったことが、命を繋いだのだ。
そして、そこで彼は両腕に出会うことになった。それは、どこぞの鍛冶屋が冗談混じりで作った品で、あまりにも精巧な出来であったため、悪趣味な貴族が買い取り壁に飾られていたのだが、その貴族が死に、貴族の家族があまりにも精巧過ぎて不気味であったその義手を捨てたのだ。
どうやって、その義手を腕に付けたのか、彼は覚えていない。虚ろになりかけていた意識がはっきりとした瞬間には、すでにその両腕はあった。彼は初めて、自らの腕で何かを掴むことが出来たのだ。
どうやって動いているのかとか、固定用のバンドなどもしていないのに外れないかなどは、彼にはどうでもよいことだった。
彼は、弱りきった身体を回復させるために、町をひとつ滅ぼして食事をした。具体的には町の食料庫を襲撃した。結果として、町そのものを壊滅させてしまった。別に彼がそれを望んだわけではない。無辜の民だの、性善性だのそういうことは知らなかったし、そもそも人と触れ合う機会というものがなく、他者とは自分を害するだけのものでしかなかったから、それがどれだけ壊れようが、やはり彼にとってはどうでも良いことだった。
そのまま、彼は自分を買った国に向かって、それも滅ぼした。これも彼の意思は介在していない。ただ、思っただけだ。
聖書にある敵とは、もしかしたら自分を害するもの、あるいはそうであったものが該当するのではないか、と。なので、なんとなく、やることもなかったので、とりあえず攻撃して、結果としてそこは更地に変わった。
その話を聞きつけた教皇が、自ら彼の元に出向き、彼を信徒に加えた。
戦闘も説得もなかった。現れた教皇に彼はただ頭を下げ、神に対する忠誠を誓った。教皇が何かを言う前に、だ。
こうして彼は僧服を身に付けるようになり、しかし誰かと関わることはなかった。
ただただひたすら研鑽を積み上げ続けた。教会の命令に従い続けた。虚無的に、機械的に淡々と。そうした彼の数十年。
それが報われる一言が降りてきた。
『竜を殺しなさい』
望み続けた言葉。
願い続けた祈りの結末。
ようやく彼は、報われた。
信奉し、傾倒した年月の集約。
女神との対話が叶った瞬間だった。与えられた使命は名誉の戦い・・・聖戦。
彼の脳裏には殺すべき『竜』の画像が映し出されていた。
二人のアメティスタ。彼らの顔が。
目の前に、その一人の顔がある。驚きと焦燥・・・そして、誰かに対する憤怒の感情に混じり合った『竜』の顔が。




