血の繋がり その2
しばらくアリシャたちと歓談して、彼女らが休んだのを確認してからファグナリスは歓楽街に向かった。
目的は以前暮らしていた娼館だ。
見慣れた町並みをふらふらと歩いていると、何度か女に声をかけられたが、それがファグナリスだと解かると、彼女たちは客に向ける笑みが、家族に向ける笑みに変わる。彼女たちからしてみれば、ファグナリスは皆の子供。あるいは、弟のようなものだった。
しょうがないこととはいえ、ファグナリスが外に出ることを選択したことを、彼女たちが寂しく思っていたのは、事実なのだ。守ってあげたいが、彼女たちはそのためのものを持っていない。自分たちの生活だけで、精一杯なのだから、それもしかたない。
ファグナリスはこの辺りの元締めの館にそっと忍び込むように入った。この館は金持ちの上客を扱う店で、街娼よりも格式が高い。無論、その分、金額も高いわけだが。用は、貴族がよく出入りする場所なのだ。ファグナリスの母もここで客を取っていた。ともすれば、アベルやアリシャは貴族の子である可能性がないこともないと言える。
ファグナリスに関してははっきりと、そうではないと断言できるが。
慣れ親しんだ道を、ゆっくりと歩く。足音を立てないようにするのは、客が不快にならないようにするためだ。
分厚い扉の先に注意を払わないようにしながら、ドアノックを七回して、十秒待ってから一番奥まった部屋に入る。
この店の娼婦や小間使いが部屋の中に入るための合図だ。ベルが鳴らなければ入ってもよし。それをファグナリスは確認していた。
「何か問題でもあったかい?…っ! ファグナリス! ああ、久しぶりだね。怪我はしてないかい!?」
「ないよ。マダム」
マダムと呼ばれた中年に差し掛かった、それでも美しさを損なわない女性が、目じりの皺を歪ませてファグナリスを歓待した。
「心配してたんだよ? アリシャやアベルはどうしてる?」
「元気だったよ。とりあえず。最近、寝不足みたいで、ちょっとだけ不安なんだ」
「そうかい…」
マダムは眉をひそめ、憂慮するように深いため息をついた。
「それで、マダムに相談したいことがあって、来たんだ」
「相談?」
「うん。情報が欲しいんだ」
「ほう?」
「鷹を剣で貫く紋章。知ってる?」
「…」
「知ってるんだね」
口を閉ざしたマダムを見て、ファグナリスは微笑を浮かべる。マダムはそのファグナリスの笑みを見て困惑したようだった。
「知って、どうするんだい?」
「少し話をしたいだけだよ。でも、まだどんな人なのか知らないから、教えてもらってから本当にどうするか決めたいと思う」
「さすがに客のことをおいそれと話せないね」
「売って欲しい。買う。悪いようにはしないから」
「…ファグナリス。あんた、こんな強引な子だったかね?」
「少し強引にならないとダメなこともあるって最近解かったから。死ぬ思いをしなきゃ解からなかったのはどうにもばかばかしいことだと思うけどね」
マダムはファグナリスの言い草に苦笑した。ファグナリスが経験した戦争が、彼を少しずつ変化させていることを理解したからだ。
「それでも私は話せないね。ただまぁ、うちの娘の中にそういうのに詳しい娘がいるよ。どうする?」
「…買えってこと?」
「こんな話を私に持ちかけたんだ。それなりの金が手元にあるんだろう? 欲しけりゃ、買いな。寝物語には丁度良い…だろ?」
「…」
それがマダムの最大限の譲歩だということが解かってしまうから、ファグナリスにしても首肯するしかない。家族を買うことになってしまうということに複雑な心境になってしまうが、それを彼は飲み込んだ。別に、情報だけでも得られればいいのだ。褥を共にする理由もない、と自分を納得させる。
「解かったよ。買うよ」
「…そんな顔をしないでおくれ、ファグナリス」
「複雑な心境だよ、マダム」
「まぁまぁ。あ、一応言っておくが、あの娘、おぼこだからね。いろいろと手解きしてやっておくれ。あとで確かめるから」
「…はい?」
ファグナリスは、思わず聞き返していた。
与えられた一室で、ファグナリスは頭を抱えていた。
やられた! マダムは本気で俺をいろんな意味で利用する気になったんだ! マダムがあとでチェックするといったならば本気でやるだろう。もし、そこに処女の証が残っていたらどうなるか…マダムははっきりとは言わなかったが、きっとろくな事になるまいということは、嫌でも理解できた。
「…ああ、何でこんなことに」
いろんな意味で最悪だった。
「…ファグナリス?」
扉から顔を出したのは、薄茶色の髪の少女。年の頃はファグナリスと同じくらい、というか古い馴染みだった。
「ミリア…マジか」
「…こっちのセリフよ。あんた、どうしてたの? アリシャたちを連れてどっか行っちゃって。全然音沙汰なくて!」
ずんずんと大またで間合いを詰め、ミリアは腕を振り上げてファグナリスの胸を殴打した。強烈な一撃に肺の中の空気が漏れ出た。そのまま、ミリアが力無くしなだれかかってくる。
「心配したんだからぁ…」
「…ごめん、ミリア。でも…ごめん、ごめん…」
言い訳を途中で封じて、慰めだけを口にして、優しくその髪を梳く。
「帰ってきたと思ったら、お客だし。どうなってるのよ…」
「こんなつもり、なかったんだ。マダムから聞きたいことがあって。そしたら…」
「いいわよ、もう。マダム、きっと気を利かせてくれただけだから」
「…?」
「私、もうそろそろ時期だから」
「…」
「知らないおじさんよりは、ファグナリスの方が断然いい」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
「でも、ファグナリス、へたれだし。ちゃんと出来る? 私、全然出来ないよ?」
「まぁ、何とかなると思うよ」
少し前に姉貴分たちに(マダムからのお仕置きで)弄ばれたことがあるので、実はファグナリスはそれなりに知識も経験もあったりする。
その事実に苦笑を浮かべながら、ミリアの肩を抱いて、そっと口付けをした。頬を紅に染めるミリアをじっと見つめる。
「…痛かったらごめんね?」
「酷いことにならなければ、それでいいわ」




