引継 その4
教会の重厚な正門を斬り壊し、わらわらと溢れてくる信者を切り捨てながら、奥へ奥へと踏み込んでいく。
彼女の気配が濃くなる場所へ。
気付けば、周囲に人の気配はなくなり、慎ましやかなドアの前に立っていた。教会の最高権力者の執務室にしては、あまりに簡素で、本当にここに彼女がいるのかと思ってしまう。
感覚は、それを肯定する。
「そんなところにいないで、入ってきたら?」
扉の奥から投げかけられた言葉に、若干の警戒心を抱きながら、ローザンヌはその部屋に足を踏み入れた。
小さな部屋だった。
簡素なベッドと箪笥がある程度で、そこには何もない。ただ、濃厚な男女の匂いが鼻腔をうち据えた。何があったのかは想像に難くなく、それがローザンヌを気後れさせた。
ベッドに腰掛けた少女が、無表情にローザンヌを見据えた。その瞳の奥に強い力が込められている。それが解る。
「久し振り・・・と、言いたいところだけど、初めましてと言ったほうがしっくり来るわね・・・あなたはどう?」
「・・・今、思い出しました。・・・不便なものです。きっかけがないと、その記憶にアクセス出来ないと言うのは・・・」
「仕方ないわ。私もあなたも、イレギュラーなのだから。予期せぬバグ。・・・あの女から見れば、ね。幸いなのは、あの女が私たちに興味がないこと・・・それぐらいよ」
「・・・・・・私には、まだ閲覧できない記憶があります。だから、ファグナリスが何を見据えているのか解らないところがあります。・・・あなたには解りますか?」
「自由」
「自由・・・。・・・あなたは、自由じゃないんですか? 何でも出来るでしょう? 出来ないことなんてないはずです。それだけの力があるはずです」
「肯定するわ。確かに私には、出来ないことはない。誰かを愛することも、子を為すことも出来るし、世界を征服も出来る。破壊し尽くすことも。簡単よ。ほんの少し地上の表面を燃やしてしまえばいいんだから」
「・・・っ!」
「・・・そんなことしないわ。意味がないもの。それに、今の世界もそれほど嫌いじゃないというのもあるけど、そんなことをすればあの女が、穴蔵から這い出てくるかもしれない。理不尽な理由で私の世界を破壊するわ・・・きっとね」
「・・・」
「私はね、別にこの世界がどうなろうと、彼らが何を目指していようと、どうでもいいの。ただ、ただ静かに誰にも邪魔されず、争うことなく、凪のような平穏に包まれて、彼とともに生きたいだけ。誰でも望む暮らしでしょう? あなただって、無謬の平穏に佇み、愛する人と静かに添い遂げたいと思っているはず」
「ええ。ですが、あなたのしていることを、肯定しようとは思いません」
「・・・奴隷のことね・・・あれも、手段のひとつとして行ったに過ぎないわ」
「どういうことです?」
「・・・成る程。何も聞かされていないのね。・・・私と、彼と、あなたの彼は、あの女の力を削ぐためにアプローチをしているの。たとえば、私たちは信仰を、私という教皇に集め、それに賛同しないものを奴隷とし、あの女に捧げられる・・・はずの力を私に集めようとした。・・・失敗だったけどね。私たちの企みは、世界に別の悲劇をもたらしただけに終わったわ。ただ、教会の権力を維持するためには、その悪習であれ、維持し続けるしかない。教会という力は、女神に対抗し得るものを集めるのに役立つから、捨てるわけにはいかなかったのよ。ただ、そのおかげで『英雄』が集まった。『英雄』の半数以上を私たちは手に入れた・・・今回、それが裏目に出たけれど。・・・あなたの彼は、奴隷の悪習を利用し、『英雄』を喰らうための手段とした。・・・責めるつもりはないわ。彼は一身に力を集めることによって、あの女と戦うための力を欲したのでしょうから・・・力を削ぐのではなく、身のうちに貯める。恐らく、最期の戦いを挑む時、彼はこの世界の人間のほぼ全て喰らうつもりよ。そうしなければ、あの女には対抗できないから」
「・・・ファグナリスは、そんなことを、するわけ、ありません・・・そもそも今だって奴隷解放のために戦っているのにっ!」
「現状、あなたの彼は『英雄』だけを倒している。・・・実のところあなたも、その例外ではないわ」
解かっているでしょう?
そう問いかけながら、しかし教皇は確信しているものの表情を浮かべて、静かにローザンヌを見据えた。揺れる彼女の心を覗き見るように、ファグナリスと同じ漆黒の瞳から放たれる視線で。
「・・・迷いが見えるわ。戸惑ってる?・・・彼はあなたを愛してくれているのかしら? 本当に? 私自身ですら、実際のところ愛されていないのに?・・・知ってるかしら? 私たちは実のところ、彼らの求めているもの、本当に愛しているものの、端末でしかないって」
「・・・何を言っているのか、理解し兼ねます」
「・・・なら、相互理解を深めましょう。私たちは、同種なのだから。・・・あの女に縛られ封ぜられている女神の一柱として、ね」
まぁ、あなたは例外なのだけど・・・
呟きながら、教皇はローザンヌに着席を勧めた。小さな机の上に並べられたカップとケーキが、虚しい存在感を主張していた。




