血の繋がり その1
兄様が女を連れてきた。
目の前が真っ暗になった。
久しぶりに顔を合わせたアリシャのあまりの顔色の悪さに、ファグナリスは仰天した。
ちゃんとご飯を食べられていないのだろうか。それも寝不足になるほど不安があるのだろうか。いや、肉親がいつ死ねとも解らぬ戦場で戦っているのだから、不安にならないなんてことはないだろう。嫌われてでもいない限り。
しかし、例え、嫌われていたとしても、自身がやることは変わらない。むしろ、嫌ってくれたほうが好都合だ。戦場でのたれ死んでもそこまでショックを受けることはないだろうし、残された金も有意義に使ってくれるはずだ。願うならば、姉弟で仲良く暮らしてくれればそれで…
「アリシャ、大丈夫?」
「…あ、兄様。その、その女性は誰ですか?」
「…? あ、ああ。彼女はローザンヌ。俺の…仲間、だよ。それがどうかしたの?」
「…同じ部隊の?」
探るような瞳で、アリシャはローザンヌを見た。それにローザンヌは微笑を浮かべて、恭しく頭を下げた。
「はじめまして。ローザンヌと言います。よろしくお見知りおきを。アリシャちゃん」
「…はい」
伸ばされた手を握り返し、どこか夢でも見ているかのような様子でアリシャは答えた。やはり、どこか気分が優れないのか、その顔は険しい。
「では、私はこれで失礼しますね」
心配するような顔で、アリシャを見ながら、ローザンヌは近くの教会に向かって歩き出した。ここの孤児院との縁も深い場所で、幾人かの修道士がここの孤児院で勉強や、子供たちの面倒を見ているということだった。
ローザンヌがいなくなったことで、ファグナリスは改めてアリシャと向かい合った。顔色は悪いが、顔の険は少なくなった。
「…ずいぶんと長いお仕事だったね、兄様」
「まぁ、それだけの御給金は貰ったからね。…そっちは何か問題はなかったか?」
「目立ったのは特に。ただ、最近、アベルが少し調子が悪いみたい」
「そっか…ところで、アリシャ、ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ? なんで」
「ずいぶんと顔色が悪いみたいだから」
アリシャの額に手を当てると、ほんの少し体温が高いように感じた。
「少し、熱っぽいね。無理して俺に付き合う必要はないよ。少し横になったほうがいい。アベルと同じ部屋だろう?」
「うん。…でも」
「大丈夫。俺は、ちゃんと隣にいるよ」
「…うん」
アリシャの手を引いて、孤児院の中に入る。一応、本当ならば許可を取らなければならないのだが、多大に出資しているファグナリスは、ほとんど無条件で孤児院を出入り出来るようになっていた。
アリシャたちの部屋は二階の角部屋だ。中は少し広めで、少なくとも家族ならばゆったりと寛げるような部屋だ。
部屋の左右に分かれているベッド。その右側のほうで、アベルは寝転がったまま本を読んでいた。分厚い本で、一目で高いものだと解かる。
「アベル」
「っ! 兄ちゃんっ!」
顔を輝かせて、ベッドから起き上がろうとするアベルをやんわりと押しとどめ、ベッドの近くまで寄って、やんわりとアベルの黄金色の柔らかい髪を撫でる。擽ったそうに目を細めて笑う弟に、ファグナリスは微笑を返した。
「兄ちゃん、久しぶり。元気だった?」
「ああ。なんとかね。いろいろ危ない目にもあったけど。とりあえず、生きてるよ」
「そっか。そっかぁ」
「アベル。ちゃんと、勉強してるんだな」
「ん?」
「本を読んでたろ? 兄ちゃんは、字が読めないからな」
「姉ちゃんが言うんだ。ちゃんと勉強して、兄ちゃんを助けてって。俺がちゃんと働ければ、兄ちゃん、危ないことしなくて済むだろ。姉ちゃんも、がんばってる」
「…そっか。でも、別に兄ちゃんのためにがんばる必要は、ぜんぜんないぞ。アベルは自分のために、自分の生きたいように生きていいんだ。兄ちゃんが危ないことするのは、兄ちゃんがバカだからだ。兄ちゃんみたいになっちゃだめだぞ」
「ん~…ん。解かった。でも、兄ちゃんがあんま危ないことするの、俺、やだな」
「はは。ま、しょうがない。しょうがない」
そのアベルの気持ちだけで充分だった。アベルとアリシャのためなら、幾らでも命を賭けてやる。この子達の将来を明るくするために、戦い続ける気持ちを捨てることは絶対にないだろう。
「…アベル、アリシャから聞いたんだけど、最近、体調よくないんだって? どうした?」
「わかんない。…最近さ、知らないおじさんが、よく俺に会いにくるんだ。すごい遅い時間に。もう俺寝る時間に、よく来るんだ。先生たちは忙しい人だからって言うんだけど、それ、俺に関係あるのかな?」
「…それ、どんなやつだ?」
「金髪の背の高いおじさん。この本も、おじさんが持ってきたんだ。読めって。でも、これ、難しい言葉が多くて。先生に聞きながら、読んでるんだ」
「…そうか。ほかに特徴は?」
「杖持ってた。足悪くないのに。えっと、鷹を剣がこう、なんていうのかな、貫く? みたいな感じのやつが彫ってあった」
「…」
彫金された杖を持ち歩く金髪の男。高価な本を惜しげもなく子供に与える。勉学を推奨をしているところを見ると、商人、もしくは…貴族。
そこまで一気に推察し、ファグナリスは目を細めた。
貴族には、ろくでもない趣味を持っている者もいる。ある程度の金さえあれば、人は買える。ある程度の地位と権力を持っていれば、多少の放蕩は黙認される。こういった孤児院から、子供を買い取って弄ぶ輩は残念ながらそれなりの数がいる。
アリシャの不眠の原因はこれだ。もし、本当に貴族が相手ならば、ファグナリスの寄付など何の助けにもならない。孤児院は自分たちの価値を高めるため、より高い出資者を得るために、子供を売却するだろう。…国の管理があるからと油断していた自分を、ファグナリスは呪った。
しかし、それはあくまでも可能性である。とりあえず、確かめなければならない。どんな手段を用いても、だ。




