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過去

一番古い記憶は、約五百年ほど前。

教会というものの基礎が出来上がったころの話だったはずだ。

セアンウリトスは、二十歳になったばかりの小僧だった。術理の才能があり、それを突き詰め、知識を深くすること、知の深奥を垣間見ることが自身の使命だと思っていた。それは間違いではないと思っているし、それを後悔することもない。才能があったのだから、それを伸ばそうと努力しただけなのだから。

その過程で、幾つかの村を焼き払い、幾つかの町を粉砕し、幾つかの国を滅亡させてしまったわけだが、それも後悔していない。反省はしているが。

大量の奴隷を仕入れ、人体実験に興じていた時期もあった。若かったと思う。

まさしく人間の屑であったと思うが、しかし自分は人間ではないと思っていたから、大して気にしたこともなかった。今ではかなり恥ずかしいことではある。ちなみに今も時折趣味で人体実験をすることがあるが、そこは割愛しよう。昔ほど酷いことはしていないから、気にしちゃいけない。

要するに、だ。

セアンウリトスは自分以外の人間に興味がなかった。何せ、彼はその時、世界で最強の存在であったし、彼を止めるものもいなかった。裏でこそこそやっていたから。人前に出るのが嫌いで、自分の小さな実験室に篭っていることを好んだ。

思うさま自分の趣味を堪能し、時折人里に出て術理の実験をする。それが、楽しかった。

そんなセアンウリトスに転機が訪れたのは、彼が百歳を超えたころだった。そのときの容姿も、今も二十歳そこそこの顔立ちだった。

そんな彼が出会ったのは、極東だと思われていた国で、時折出ると言われていた魔族狩りに興じていた時だった。

海岸線に漂着したんじゃないかと思わせるような一艘の襤褸舟から黒髪黒目の少年が這い出してきたところを見つけた。この辺りでも滅多に見かけない美しい黒髪と、疲れ切った、死んだような瞳に興味を持った。


「おい、お前」


「・・・」


「どこに住んでる子ですか? 言葉解かりますか? ん?」


「・・・」


セアンウリトスの問いかけを無視し、少年はよろよろと山に向かって歩き出した。その時、初めて自分を無視する人間に出会い、彼は狂喜し、同時に苛立った。この世界で自分を知らない人間がいるとは思えなかったからである。自信過剰だったとしか思えない。


「待ちなさい!」


魔法を展開した。緊縛魔法だったが、大の男の手足をへし折り砕くほどの力を込めた魔法を、疲れきり足元も覚束ない少年に向けたのだ。自分という存在を教えるのと同時に、躾けてやろうと思ったのだ。傲慢だった。


「・・・」


緊縛魔法に絡め取られる瞬間、黒の焔が少年の体から噴出し、逆巻いた。それは一瞬で魔法を焼き尽くし、セアンウリトスに向かった。


「ひぎっ!?」


何が起こったのか解からなかった。黒い焔は、一瞬だけセアンウリトスを焼いただけで雲散霧消した。だが、その時に感じた激痛は生涯でただ一度も味わったこともなかったほどのものだった。セアンウリトスは武の心得もまともに戦ったこともなかったから、それが死に至る痛みであることに気付けなかった。

しかし、それよりも恐ろしいことが起こっていた。


「・・・私の、記憶が・・・!?」


僅かではあるが、欠落が起こっていた。その事実に彼は心底から恐怖した。知識の深奥に向かっていた自分の記憶の・・・一部でしかないのだが、それが失われていたことは、セアンウリトスにとってはこの上のない恐怖だった。


「な、何を。何をした!?」


「こちらの言葉が解からなかったから、少し知識を齧っただけだ。ぎゃーぎゃー喚くんじゃねぇよ。うるせぇな」


「・・・」


今度は少年の口の悪さに愕然とした。

自分の知識を齧ったというのなら、それは礼儀正しい、美しい言葉でなければならないはずなのに、とそのころは思ってしまったのだ。何度も言うが、思い出すとかかなり恥ずかしい。今でもふとした拍子に若いころのことを思い出すと、セアンウリトスは七転八倒してしまう。

だが、『齧られた』のは知識だけではなかった。

急に立ち眩みを感じ、セアンウリトスは膝を地面についてしまった。

反対に疲れ切っていた少年は、完全に回復し、悠然と立ってそんな彼を見下ろしていた。じっと、静かな瞳で、セアンウリトスの動向を確かめるように。


「お前、俺を知らないのか?」


「・・・知りませんよ。初めて会ったから、声をかけたんですから」


「・・・そうか。なら、いいさ。お前に用はない」


あっさりと踵を返し、少年は立ち去ろうとした。だが、セアンウリトスは少年を逃がすつもりなどなかった。彼の言動に興味を引かれたからだ。


「待ちなさい。あなたに興味が湧きました」


「・・・あっそ。俺には関係ないね」


「私はセアンウリトスと言います。あなたは?」


「・・・」


少年は、その言葉にどこか懐かしそうな表情を浮かべ。

どこか、寂しそうな笑みを浮かべた。


「・・・知らん。俺はこっちの名前がない。・・・そうだな、だが、名乗るなら、こう名乗ろう。全竜。それが、俺だ」


「・・・全竜・・・まさかそんな不遜な名乗りをするとは、ね。あなた、解かってますか? それが、この大陸の信仰によって忌み嫌われる、最悪のものだと」


「知ってるよ。だって、これはお前の記憶から知ったことだからな。ま、間違いはないから。それでいいんだ。『次の俺』が、まともな名前を名乗ってくれるだろうから、それまではこれでいいさ」


「ふふ。なら、私はあなたを倒さないといけませんねぇ。この大陸に住むものとして」


魔法を展開しながらほくそ笑む。この少年相手なら思う存分に術理を使えると思ったから、セアンウリトスは喧嘩を吹っかけた。この辺りの住民には悪いとは思わなかった。まとめて吹っ飛ばそうがどうせすぐに産まれてくるのだから問題ないとも。


「迷惑な奴だ。俺とお前じゃ相性が良すぎるんだがな・・・」


少年はため息をついて、黒い焔を全身に纏った。

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