復興
アキエナのベッドの上でファグナリスはまどろんでいた。隣にはぐったりとうつ伏せるアキエナの一糸纏わぬ姿がある。
ファグナリスはそれに気を払うことはしない。ここに引っ張り込まれた時点でこうなることは予想出来ていた。
ここは、ウォーロックの居城、その寝室である。元は王の寝室兼執務室として使われており、アキエナは外装を少しだけ変えてそのまま使用することにしたのだ。昼間に行われたベルゼアムの復興とアキエナの女王即位の式典の間に整わせたのだという。
ファグナリスはそれに僅かに呆れたが、どのように振舞おうが何をしようがアキエナの勝手なので、何も言わなかった。最終的に引っ張り込まれることも予想していたことではあるし。
で、昼間であるがまたイグナスがぶーぶーとぐちぐちと文句を垂れていた。ここで即位すべきはファグナリスだと頑として言い続けた。これまでのやり取りと同じく、ファグナリスは王になるのには相応しい人間がいるのだということを滔々と式典の最中ずっと言い続けることになったが、それでも納得しなかったので、ローザンヌとマリウスに丸投げした。彼女たちならば上手くイグナスたちを納得させてくれるだろう。
ベッドサイドにある小さな机の上に置かれたシガレットボックスから細巻きの葉巻を取り出して咥え、火を燈した。
「・・・葉巻を吸うようになったんだ?」
「・・・癖が移っただけだよ。別に積極的に呑みたいわけじゃないさ。暇だとつい、ね・・・」
「癖・・・? 誰の?」
「秘密だ」
「ふぅん・・・まぁいいけどね」
ベッドを僅かに揺らしながら、ファグナリスに近付き、彼の腕を枕にまた横になる。耳元に口を近付け、息を吹きかけてやろうかと僅かに思案しながら、アキエナは口を開いた。
「ね、なんでベルゼアムの兵士を私に還してくれたの? そのまま使ってもよかったのに」
「・・・彼らが帰りたがっていたいたからだ。まだ、本国にはまだ届かないが、仮初でも彼らには帰る場所が必要だ。そうすれば、彼らはまた一層働いてくれる。復興した祖国のために、お前のために、自分たちのために。愛国心が強いから、彼らは。奴隷に堕ちてからも、ずっと国を取り戻すことを考えていた彼らに、まずは褒章を与えたかったんだ」
しかし、それが第一の理由というわけではない。ここにベルゼアムを復興させたのには、理由がある。
ここは、教会どころか大陸の中で最も肥沃な大地を持ち、豊かな鉱山資源がある。ここを押さえるということはそのまま大陸に楔を打ちつけるに等しく、教会に対する供給を断つという意味もある。ここ以外の土地はお世辞にも豊かではなく、中には貧困に苦しむ国も多数に存在する。
で、あればここを拠点に・・・ここの持つ豊かな資源をカードにして貧困国と交渉することも出来る。奪いに来るならばそれも良し。皆殺しにするだけである。
そうであるが故にここに最強の兵士たちを置く必要があり、そのための旗頭を振らなければならなかった。だからこそ、ここにアキエナを呼びつけたのだ。ここを占拠するという手柄を与え、かつここにいた精強なベルゼアムの兵士を扇動するために。
「・・・フーは、狡賢くなったね。昔みたいに純情じゃなくなっちゃった。・・・あの子が死んだから?」
「・・・彼女たちは死んだんじゃない」
「?」
「殺されたんだ」
「・・・」
「今は・・・どうでもいいことだろ? これからアキエナは女王として忙しくなるんだから、しっかりしてくれよ? 王族としての感覚は鈍ってないだろうな?」
「体の芯まで叩き込まれたものを、忘れるわけないよ。それにマリウスはスパルタだったしね。すごく大変だったよ・・・ああ、思い出したくないぃいい・・・!」
思いっきり顔を顰めて、アキエナはファグナリスの胸に顔を押し付けて呻いた。
・・・マリウスはいったいどんな教育を、いや、どんな教育方針をとっていたのだろう。確かに頼んだのは自分であったが、ファグナリスはそれを想像し、げんなりした。あまり教育に関してマリウスに頼るのはやめた方がいいかもしれないと脳内にメモしておくことにした。
「・・・まぁ、それは置いといて。フーはいつまでここでのんびりするの?」
どこかあまやかな期待を込めた言葉であったが、ファグナリスはその期待をあっさりと蹴散らした。
「ん? 明日にはベルゼアムの兵士以外をまとめて進軍する。次の相手にはあまり準備の時間を取らせたくない。最速で攻めて速攻で落とさないと・・・兵士にとんでもない犠牲が出る」
「少しぐらい・・・」
「ダメだ。そんな余裕はない。奴も次は自分だってことは解かっているはずだ。あいつの陣地は小さいから奇襲は無理だろうが、だからこそ、余裕なんてないんだ」
葉巻を握り潰し、ファグナリスは嘲った。
だからこそ、あいつの取れる選択肢は少ない。そして・・・ファグナリスの力とあいつの能力は非常に相性が良い。正面からぶつかれば、間違いなく自分に軍配があがるのは確実なのだから。
「ほう。なるほど。ウォーロックは死にましたか。・・・やはり、『英雄』・・・しかも黒の焔の・・・参りましたね。たぶん、私、このままいくとあっさりと死ぬんじゃないでしょうか・・・」
教会の使者の報告を受けてセアンウリトスは、どこか明るい調子で言った。その様子に使者はあっけに取られた。彼はかなり気難しい人物だという話を聞いていたからだ。しかし、会ってみれば物腰は穏やかで言葉も朗らかだ。
『噂』とは何もかもが違っていた。
「いや、ご苦労様。助かりましたよ。・・・ああ、申し訳ありませんが、幾つか伝言をお願いします」
「は。なんでしょう」
「まずはアメティスタ・・・奴隷のほうですよ? いいですか、彼に私は死ぬと伝えてください。間違いなく死にます。ええ、死にますよ。絶対です。それと『剣帝』にひとつ。虫が一匹紛れ込んでるので、精々寝首をかかれないように、女遊びはほどほどに。と。ま、遺言ですね」
「・・・あの、もう一方には?」
「ありませんよ。彼、どうせ言っても聞いてくれませんし、あなた、彼のことを捉えられるんですか? きっとまた険しい山奥で自分の体を傷付けてるでしょうし。無駄な時間は、誰のものであっても使いたくありません。・・・確実にお願いしますよ?」
「はっ! 解かりました!」
使者は不吉な伝言を持たされて、困惑を隠しきれなかったがそれでも与えられた使命を受けて駆け出した。
その姿を見送って、セアンウリトスは朗らかに笑った。
「ようやく、死ねますか。いや、長い人生は生きるもんじゃない・・・ま、彼に比べたら大したことはないんでしょうけどねぇ・・・」
その呟きもまた、朗らかなものだった。自身の死が迫っているというのに危機感すら見出せなかった。




