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英雄 その4

ウォーロックの視界に映し出されたのは、城砦の覆うように展開された真紅の魔方陣。長く戦場で生きてきた彼ですら、それがどれほどの威力を内包しているのか予測しきれなかった。ただ、ひとつ。確実に解かることがある。

あれが発動すれば、城砦の民は全て息絶える。女も子供も、ウォーロックが守ると誓った全てが灰塵と化す・・・それだけは確実だった。


「・・・説明はいらないな?」


「貴様ぁ・・・!」


「・・・油断しすぎだ。お前自身が強いからといって、ただ一人だけで全てを守りきれるわけもなかろう。あれは、お前の傲慢が作り出したものだ。・・・お前に残された道は幾つかある。ひとつ。お前の命と引き換えに俺に助命を請う。ふたつ。今すぐ俺を殺し、あの魔法を自身で受け止める。『英雄』ならば、まぁ不可能ではないな。みっつ。民を見捨て、俺を殺し、背後にある俺の兵を皆殺しにし、城砦に魔法を仕掛けた人間全てを殺戮し、教会に恩を売り、新たな領土を得る・・・」


淡々と方策を提示し、ファグナリスは感情の消えた瞳でウォーロックを見据えた。

提示されたみっつの方策は選択出来ないことを、ファグナリスは解かっていた。一つ目は、まず自分が約束を守ることが前提であるが、ファグナリスは死者との約束を守るつもりはない。いつも通り、兵たちには最低限の規律だけを求め、蹂躙させる。二つ目はまず、ウォーロックがファグナリスを一撃で殺せるか戦闘不能に陥らせるのが必要で、たとえそれが出来て魔法を受け止めることが出来たとしても、かなりウォーロックは疲弊する。そうなれば、待機している兵と、魔法を展開した兵がウォーロックを殺す。そうなれば結末は同じである。三つ目をウォーロックは無条件で選択出来ない。民を見捨てることなど彼には出来ないからである。

つまり、手詰まり。ここでファグナリスと交渉することは出来ない以上、ウォーロックに打つ手はない。


「・・・最後にひとつ。全てを捨て、今ここから逃げること。そうなれば俺はお前を追うことはしない。追っ手も差し向けない。無駄だから」


「・・・」


「時間はない。決断は早めにな」


黒い焔を全身から噴出させる。それは大地を舐めるように広がり燃え上がった。

ウォーロックはそれを視界に入れた瞬間、大地を蹴り上げ、ファグナリスの頭上を越えて跳んだ。そのまま城砦に向かって走っていく。

ファグナリスの行動を、魔法を発動させる合図ととったからだ。

彼は、民を守るために自分の背中をファグナリスに晒すことを選択した。うまく城砦まで行ければ、魔法を受け止め破壊を止めることが出来るだろうし、そこから体力を回復させ逆襲に転じることも出来るだろうと判断したのだ。そのために最も疲弊することになるであろうファグナリスとの戦いを避けた。

・・・だが、それは逃げ切れればの話である。


「かっ・・・!?」


背中に走る激痛に耐え切れず、ウォーロックは無様に地面に転がった。致命の傷になると、即座に解かった。今まで感じたことのない痛みにうめき声を漏らしそうになり、しかし彼はそれを耐えた。


「・・・背中を見せて無事に済むわけがない。お前がこういう行動に出るだろうということは解かっていたよ。全て、俺の予想の域から出ない行動だ。・・・昔から、お前はそういうところがあるからな。お人好しめ」


「・・・お前は・・・なんだ・・・?」


「見て解かれ。お前なら解かるよ」


仰向けになり、空を見上げ、視界の端にいる黒い焔を纏った男を見る。・・・確かにウォーロックにはその姿に見覚えがあった。しかし、今までの生涯で対峙たことは一度もないと断言することが出来る。


「・・・全竜」


不意に漏れたその言葉に、納得した。教会にある壁画のひとつに、焔を纏った小さな竜の姿を見たことがあることを思い出したのだ。ファグナリスはそれに似ていた。少なくとも、ウォーロックにはそう思えた。


「・・・ウォーロック。民のことは心配せずともいい。お前の民の采配を握るのは俺じゃない。きっと彼女は無為な殺戮などしない。だから、心配するな」


漆黒の剣が、無造作にウォーロックの胸に突きこまれた。しかし、不思議と痛みはなかった。体の内側に焔が走っている。それが解かる。それが命を奪い取るものだということを、彼は無条件で理解した。


「俺は、ど、う・・・な、るんだ?」


「・・・お前が本当に守りたかったものの傍まで案内するだけさ。少しの間、別の場所で眠るだけ。・・・俺はさ、お前のことを尊敬してるんだ。お前のその高潔な志を、大事にしてくれ。汚いことは全部俺がやるんだ。神話の通りに。だから、いいぜ。存分に恨んでくれても。やり甲斐が出る」


ウォーロックの言葉を聞くことなく、ファグナリスは彼の体を燃やし尽くした。その全てが自分の内側に流れ込んでくるのが解かり、小さく息を吐き出して、剣を捨て、残されたウォーロックの武器を手に取った。


「・・・やっぱり馴染まないな」


その呟きを聞いたものはいなかった。



ファグナリスは喝采をあげる兵を引き連れて、ウォーロックの城の門前に立った。そこには、薄桃色の髪を風になびかせた女性と、魔方陣を展開した魔道兵を率いたローザンヌとマリウス。そして、イグナスが立っていた。

ファグナリスは武器を地面に置き、薄桃色の髪の女性に恭しく頭を下げた。


「長らくお待たせしました女王陛下。幼き日の約束を果たす日が来ました」


「顔を上げて、ファグナリス。畏まらなくてもいいんだよ?」


そう言ってアキエナは嫣然と微笑んだ。

この日、ファグナリスの軍で略奪が起きることはなかった。

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