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英雄 その2

ファグナリスの軍は、ウォーロックが居城としている城砦を視界に納める位置で進軍を止めた。その報告を受けたウォーロックは、ふむ、と小さく頷いて顎鬚を撫でた。筋骨隆々の男の動作に、部下は畏敬の念を抱くように彼を見る。

いつもの光景である。

・・・『英雄』の中で最も民に慕われる男。それがウォーロックの評価である。

彼は圧政に苦しむ、この城砦の民を救うため単身で王の居城に乗り込み、天誅を加えた。彼の前に立ちはだかった人間を一人も殺すことなく、だ。教会によって『英雄』の名を与えられたのは、ひとえにこの慈悲深さに寄るところが多い。

実際、ウォーロックが支配するこの城砦を中心とした地域は、活気に溢れ、賑わいに満ちている。民が生き生きと生活できるように法を整備し、流通のを整え、公共のものに力を入れた結果だ。

ただし。ここにも奴隷はいる。他地方に比べればその扱いは易しいものだが、それでも、ここには奴隷がいるのである。

ウォーロックもそれを容認している。

それは仕方のないことで、民を御するには必要なものだとしていた。人間の下に何かを置かなければ、彼らの不満の行き所を制御出来ないのだ。どんな人間だって不満を覚える。ウォーロック自身も、意味不明な憤りのようなものを感じることがある。それが、どこに繋がっているのか、あるいはどこから溢れているものなのか皆目検討がつかないが、それでも。

なんにせよ、ここでも奴隷は鬱憤のはけ口として存在していたし、民はそれを気にも留めないし、ウォーロックはただそれを容認するだけで、特段、口を出すこともしない。


「やはり、一気呵成に攻めてはこないか。そうなってくれれば、こちらの被害が少なくて済むんだが」


大軍が一気に攻めてくれば、それは『英雄』の独壇場である。一にして国に匹敵する彼ら『英雄』は一対一ではなく、多数対一の時こそ、己本来の力を存分に振るえる。周囲に味方がいることの方が枷なのである。彼らの力は強大であるが故に、敵味方有象無象関係なく殺戮し、破壊する。少なくともウォーロックはそういうタイプの『英雄』だった。

中には一対一でこそ本来の力を発揮するものもいる。・・・が、やはり味方は余計な枷でしかないのは同じだった。


「俺がいるから慎重になっているのか? それとも別に策があるのか? いや、まだ思案しているところか、あるいはもう仕掛けてきているのか・・・」


この城砦が容易く陥落するとは思えない。ここは対『英雄』も想定し、ウォーロック自身が設計し直したのだから。少なくとも硬固ではある。ある程度の攻城魔法攻撃ならビクともしないし、兵糧攻めにあったとしても二月は保つ。まさか、攻められていることが解かっていて、教会が援軍を寄越さないわけがないだろうし、そもそもウォーロックという存在がそれを許さない。

どんな障害があろうと、抉じ開け、粉砕出来るという自信がウォーロックにはある。


「考えすぎも良くはない、ということか?」


いつものように力任せにいくしかないことに、ウォーロックは苦笑を浮かべる。

・・・昔は良かった。信頼の置ける仲間がいた。彼がいたから、今の自分があるのだと、ウォーロックは確信を持って言える。

どこにも所属せず、国から国へと彷徨うように旅をして、傭兵として様々な戦場で戦った。壊すこと、粉砕することが存在意義だった。それしか持っていなかったころ、出会った男。そいつとは酷く馬が合って、しばらくの間一緒に旅をした。その間に色んなことを知った。彼が教えてくれた。

世界は素晴らしい。

どこまでも広く、どこまでも果てしない。

喜びに満ち満ちている。

彼は歌うように、世界を語った。ウォーロックはそれに徐々に感化されていった。実際に、その世界に触れて実感した。

世界は素晴らしい。

だが、同時に苦渋と怨嗟に満ち満ちていることを、知っていた。

世界は勝者で形作られる。神話でもそうだ。強大な竜は、女神に八つ裂きにされて息絶え、それから今の世界が始まった。

しかし、その裏で幾億もの人間が死んだことを、ウォーロックは知っている。教会はそれを隠していない。神話の中にもそれを匂わせる描写が幾つもある。八つ首の竜には、それを信奉する人間たちがいたのだ。詰まるところ、異端者。故に、排除された彼ら。あるいは奴隷となった彼ら。

・・・幼いころ。世界が素晴らしいと知る前、訳知り顔の爺様が語っていた。ウォーロックに字や知識。生き残る術を教えてくれた老人は、息絶える間際、それを教えてくれた。故に、ウォーロックは勝者たることを目指し、疾走したのだ。

最底辺になどなるつもりはなく、何も為さず死ぬことは恐怖だった。

強迫観念に囚われるように駆け抜けた。

だが・・・後悔がウォーロックの足を止めた。

友の死がウォーロックの足を縫いとめた。彼の願いが、ウォーロックをここに縛り付けた。ウォーロックは走るのを止めた。彼の願いを聞き届け、彼の生まれ故郷であるこの国を救い、変えることに力を注いだ。

そして、今がある。

心の中にあるのは、ただひとつだけ。


「必ずここを守り抜く。それが、約束だ。俺は絶対に、お前との約束を裏切らない・・・」

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