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始動 その4

マリウスがアベルからの特命を受けて、教会の領内に入ってすぐに耳朶を打ったのは懐かしい声だった。

たった一年だというのに、一年しか経っていないはずなのに酷く懐かしく感じる声。それは、戦場を呼び込む冷酷な響きを持って、青空の下に木霊していた。


教会への宣戦布告。それは、総ての世界との敵対を意味していた。

それでもファグナリスは宣言した。

この世の総ての理不尽を赦さないと。

この世の総ての不条理を踏み躙ると。


「同胞たちよ、決して神を赦すな! 理不尽を強いた彼女を赦すなっ!この世界の総ては、ありとあらゆるものは、お前の玩具ではないのだ! 叫べ! 同胞たちよ! 理不尽を押し付ける奴らを恐怖のどん底に叩き落し、自らがしてきたことを悔い改めさせろっ! 赦すな! 絶対に赦すなっ! 同胞たちよ、今そこ、我らの意思を示す時だ! 雌伏の時は終わったのだっ! 我らは今こそ立ち上がり、全てを手にする! 俺はそのための礎となろう。諸君らを導こう! そのための道を指し示そう!」


元奴隷たちの歓呼の声が響き渡る中、ファグナリスは踵を返した。彼らから見えなくなる位置まで歩き、ほっと息を吐き出した。

これで彼らは戦いに赴くことになる。おそらく、自由のため、彼らは邁進するだろう。数多の犠牲をつくり、幾多の犠牲を払い、それでももはや彼らは止まれない。そうなるように、ファグナリスは彼らの持つブレーキを完全に破壊した。そうするように仕向けた。

彼らは、祖国を取り戻すために戦うのではなく、新たな自分たちの王国を造りだすために止まることなく血を吐き出し続ける。

一年かけて、そう教育してきた。

その結晶が、今目の前にいる。


「お疲れ様でした、陛下!」


「だーかーらー・・・俺は王様じゃないって。何度いえば解かるんだ・・・ったく。まぁいい、始まるぞ、イグナス。お前たちの戦いだ」


「はいっ! ようやく、思う存分、ファグナリス様のお役に立てるこの時を、一日千秋の思いで待ち侘びておりましたっ! 存分に、我らをお使いください!」


「・・・イグナス」


「全てはファグナリス様の御心のままに。我らはそれに付き従うのみですっ!」


「無理を言うだろう。だが、お前たちがそれに応えてくれることを俺は知っている。イグナス、期待しているぞ」


「はっ!」


深々と頭を下げるイグナスの横を通り過ぎ、ファグナリスは奥の部屋に引っ込んだ。そこにはローザンヌが一人でいるはずだったのだが、別にもう一人、青年がいた。その姿を視界に写し、ファグナリスは笑みを浮かべた。


「久しぶりだね、ファグナリス。元気だったかい?」


「やぁ、マリウス。俺は元気にやってたよ。そっちも元気そうで良かった」


「そうか。ならいいんだ。僕は君が元気にやっていてくれなら、満足だ。まさか、思った以上に危ないことをしていたとしてもね」


「はは、言うなよ。解かってることなんだから。・・・ちょうど良かった。もうそろそろ呼ぼうかと思ってたんだ」


「・・・?」


「マリウス、また俺と一緒に戦ってくれ。そのための準備は、お願いしてただろう?」


「・・・ふふ。そうだね。うん。こちらの準備は万端だ。僕が指示を出せば一週間以内にこちらに合流させてみせる」


「・・・よし。なら、さっそくそうしてくれ。それともうひとつ。これから、俺とローザンヌは別件で部隊の指揮が取れないことがある。その時、全体の指揮を取って欲しい。お願いできるか?」


「君が望むなら、僕は応えよう」


「ありがとう」


そこで会話を打ち切り、イグナスにマリウスを紹介してからゆっくり休むように言付けた。本格的な侵攻は一週間後と定め、入念な準備を全部隊に命じた。



何の動きもない静かな一週間が過ぎた。だが、各々の国では最下層の民が固唾を飲んで、身を潜めていた。噂は以前からあった。全てをのしがらみから放してくれる救世主が現れるという噂を。それは、教会の教えを全否定する悪魔の囁きであったはずなのだが、彼らはそれを頼みとした。

悪魔の囁きであろうとも、今の生活から解放してくれるなら縋るしかなかったのだ。

そして、それは現れた。

軍馬の嘶きが、兵士の雄叫びが天地を震わせた。

彼らは無防備であったその町を、あっという間に併呑した。

容赦ない虐殺があった。ある一定以上の生活水準を保っていた住人は容赦なく殺戮された。ファグナリスは略奪も虐殺も全て容認した。ただし、最下層の住人には、けっして手出しをしないよう厳命した。それを破ったものは容赦なく処罰されるということを彼らは知っていたからファグナリスの命令に絶対的に服従した。

その代わり、それさえ守っていれば全てを赦すことを知っていたからだ。

彼らは、思う存分、自らの鬱積を叩き付けるように殺戮を楽しみ、略奪を謳歌した。

イグナスは遠目からその醜態を恥ずかしく思った。


「申し訳ありません、ファグナリス様。お見苦しいところを」


「ん? ああ、別に構わん。初の勝利に酔っているだけだ。そのうち、落ち着くさ」


「・・・しかし」


「あまりきつく縛っては意味がない。イグナス、覚えておけ。俺たちは勝利以外の報酬を彼らに与えられないんだ。自前で何とかしてくれるというのなら、それに任せてしまえばいい。いまさら、恥も外聞もないのだから、自由に振舞え。お前もな」


「自分は、ファグナリス様のお役にたてるだけで満足ですっ!」


「・・・欲のない奴」


小さく呟いて、ファグナリスはイグナスから目をそらし、未だ略奪が終わらない光景を見据えた。

この光景もすぐに過去となる。これからが、真の戦争になることをファグナリスは理解していた。

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