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始動 その2

教会支配地域の小さな動きを受けて、テニキアス王国連合は、連合に所属する全ての軍の代表を召集した。

テニキアス王国からは、アールキエが。ミエルハンス皇国からはアベルが参加した。正直なところ、この場はアベルにとってアウェイだった。アベル以外の代表者は全てアールキエの信奉者だったからだ。

彼らはアールキエのために、彼女のことを良く思っていない自国の王を自発的に排除し、アールキエにとって都合のよい体制を作り上げた。


「皆、忙しいところお疲れ様。今回、あなたたちを召集したのは、教会の領地で起こったことについてなんだけど・・・ミエルハンス王、情報は入ってるのかしら?」


「・・・あぁ、入ってる」


「じゃあ報告してくれる?」


「教会の領地で起こったのは奴隷と貧民の反乱だ。ただ、発生までの時間感覚や、奴隷や貧民の統制された行動から、何者かの手引きがあった可能性がある」


「人為的に起こされた可能性がある?」


「大いに」


「その国の状況は?」


「王が処刑され、今は貧民たちの間で次の指導者を担ぎ上げる動きがあるが・・・上手くはいかないだろうな。内乱は次のステージに移行すると思われる」


恐らく内乱は更に酷い状況を作り上げるだろう。隣国にその火種が飛ぶのは時間の問題だ。だが、教会はそれを許さないはずだ。教会が秘密りに保有している武力が暗躍する、ということもある。それは、今回の件について意見を求めるため召集したマリウスから聞いたことだ。


「・・・ねぇ、奴隷はどうなったの?」


「奴隷? 自由になったんだから、逃げたんだろ。奴等にも祖国はあるんだから」


「・・・そうね。そう考えるのが妥当なんだろうけど、・・・気になるわ。ミエルハンス王、もう少し詳しく調査をお願い出来ない?」


「それは可能だが・・・どうするんだ?」


「本当なら、介入する隙を伺うつもりだったんだけど、変な感じがするのよ。胸騒ぎのような・・・とにかく、お願いね?」


「了承した」


アールキエの様子に戸惑いながら、アベルはうなずきを返した。

教会の領域に侵入するような任務になることから、地理に明るい人間が適任だろう。アベルが個人的に頼めるとしたらマリウスになるだろうか。

こんな頼み事をするのは非常に憂鬱で気が重い。拒否されることが目に見えているからだ。それでもアールキエの命令には逆らえない。今のミエルハンス皇国は、まだ戦力を整え切れていないのだから。



「ファグナリス様! イグナス以下三名ただいま帰還しましたー!」

ファグナリスたちが根城としている山頂の廃城に、奇妙なほど甲高い声が響き渡った。ファグナリスは僅かに不機嫌な様子で、帰還した四名に視線をやった。寝起きのファグナリスの機嫌は、非常に悪い。例外はローザンヌに起こされた時以外である。無論、ローザンヌに起こされているのが理由ではなく、彼女に起こされるときは大体有事だからだ。

イグナスは血塗れの鎧のままずかずかとファグナリスの部屋に入り、恭しく膝をついた。


「・・・イグナス、よく無事だったな。だが、別に帰還の報告は朝で構わないって言っただろ? 何で夜中に入ってくるんだ」


「は! 一刻も早く我らが王の尊顔を拝見したかったからです!」


「やめろ、そういうのやめろ。むず痒い」


「ですが・・・」


「そもそも俺は王様じゃない。ただのまとめ役だ。そういうのは相応しい奴がやるんだよ」


納得のいかないのか、イグナスは無言でファグナリスをジッと見詰めた。それに、彼は小さくため息をついて、肩を落とした。


「ついでだ。イグナス、報告しろ」


「はい。・・・言われた通り、王は処刑し、その首を晒しました。民衆の方に自治については任せ、我々は三百の同胞を率い、帰還しました。尚、同胞百人程度が重軽の負傷を負っております」


「治療は?」


「はい。医師を叩き起こし、重症のものから治療中です」


「祖国に帰りたいというものは?」


「半分ほど。治療が終わり次第、護衛をつけて祖国に送り返す予定ですが・・・」


イグナスの懸念を受けて、ファグナリスは鷹揚に頷いた。元・奴隷である彼らを受け入れてくれるような場所があるかどうか。そして、問題はそれだけではない。彼らは、また捕縛され売り払われる可能性がある。生きるために必要なものを持たない元奴隷を狩ることに躊躇いを持つものはいない。金になるのだから、捕縛し、売り払う。時にはそれで遊び、殺す。

何をされても彼らを悼んでくれるものも、助けてくれるものもいない。


「イグナス。お前の懸念はわかるよ。でも、俺たちは無理強いはしない。そういう決まりだろ?」


「ですが、みすみす辛い思いをさせるのは・・・我慢なりません」


同じく元奴隷であったから。その生活の辛さは身に染みて解かっている。この一年。ファグナリスに助け出されてから、表も裏も、様々な戦場を駆け巡った。助けられなかったこともあった。良かれと思っていたことが裏目になり、絶望と悲しみに体を震わせたことも、泣きじゃくりファグナリスに縋り付いたこともある。


「俺たちは助けられる者を全て助ける。全てだ。・・・それにな、イグナス。もう、お前はそんな思いをしなくてもいいんだ」


「ファグナリス様・・・?」


「俺たちは、これから本格的に打って出る。全ての奴隷を解放する。そのための準備が出来た。裏働きはこれで最後だよ」


「では・・・!」


「ああ、まずは奴隷の供給源になっている教会を叩き潰す」


「遂に・・・」


「お前たちの復讐を果たす時だ。俺も、微力ながらそれに協力しよう」


「そんな・・・! ファグナリス様がいてくだされば万軍の協力を得たように心強いのです! 我らは死をも恐れません! あなたにただただ忠誠を捧げています!」


「ありがとう、イグナス。お前の言葉は嬉しいよ。だが、俺とお前は同格だ。上も下もないんだ。・・・懸念はなくなったか? なら、部屋に戻り休め。ほかの奴には言うなよ? 明日、みんな伝えるつもりだったんだからな」


「はい、はい! では、ファグナリス様! おやすみなさいっ!」


「ああ、おやすみ」


意気揚々と出て行くイグナスを見送り、ファグナリスはまたため息をついた。

深く、深く。けれどもそれは、ファグナリスの抱える鬱屈を一寸も晴らすことはなかった。そっと机の上に置いてあった葉巻を手に取り、静かに紫煙をくゆらせた。

もう、眠気も起きなかった。

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