王の剣2
白色に染まった世界。その中でファグナリスは足掻いていた。身体中が圧倒的な力に押し潰され、粉々にされてしまいそうだ。音はなく、視界もない。ただ痛みだけがある。
声を上げる。音のない世界で、生まれ落ちるように産声のような叫びをあげた。
「・・・嘘つき。一緒に死ぬ気なんてさらさらなかったんじゃない」
アールキエは、極小地域に展開された魔方陣の一部を切り裂き威力を軽減し、あとは力任せに自身の防御に持てる魔力を集中し、破壊を耐え抜いた。
その最中、ファグナリスも拙いながら似たようなことをしていたが、しかしその行動はアールキエの瞳にはかなり遅く見えた。思わず手をかしてしまいそうになったぐらいだが、彼女でさえ自分一人だけで精一杯だったから、そんなことしていれば彼女も死んでいただろう。
そんな彼を救ったのは、あらかじめ彼に付与されていたかなり強力な防御魔術だった。常時展開ではなく、緊急時のみ発動するタイプでかなり条件も限定し、付与される防御力をかなり上げていた…と、アールキエは考えた。
そしてそれは的を射ていた。
ファグナリスは、最悪の可能性として敵を引き付けもろとも吹き飛ばす悪手を考えていた。無論、生きることを諦めるわけもなく、マリウスの協力を得て出来る対策を可能な限り行使したのだった。
しかし、それでも五体無事で生き残れる可能性は低かった。
「アールキエ様」
「なに?」
ケービットと戦っていた青年が、悔しさを滲ませながら、それでも常の声のまま淡々と状況を報告する。
「敵は撤退しました。我が部隊の損害は…」
「私たちも引くわ。追撃はなし。これ以上被害は大きく出来ない。無駄よ」
「・・・解りました」
そもそも逃げた敵のことを考えればまとまって逃げているとは思えない。個々に逃げられてしまえば補足は難しいだろう。
そもそも兵が足りない。騎士に引き連れられた群れだったならば、現状でも如何様にでも料理出来る自信がアールキエにはある。しかし敵は騎士の王道に沿わない戦い方をしている。被害が予測出来ない。なら、これ以上は無駄だとアールキエは割り切ったのだ。
敵を殲滅しろとは言われていない。ネズミは追い払ったのだから文句は言われまい。
「最初から我々だけではなく近くの他部隊を投入した方が良かったのではないでしょうか?」
「・・・山賊風情に大隊を投入するなんて経費と人材の無駄よ。後でここの陣地を見てみればいいわ。ここ、無駄に頑強に作ってあるはずだから。備蓄も結構あるんじゃない?」
「・・・」
「ここのことはあなたに任せるわ。好きに処理していいから。・・・使えると思ったら解体しなくてもいいからね」
そう言い添え、アールキエは踵を返した。とりあえずキャンプで一眠りしたかった。
白光が夜空に瞬いた。それはあらかじめ決められていた『王の剣』の撤退合図だった。戦況は奇襲を成功させたにも関わらず五分だった。敵部隊の立て直しが異常に早く、かつ兵の練度が並外れていたのだ。あと少し合図が遅れていたら戦況は逆転していた。
『王の剣』は一気に撤退を開始した。ファグナリスは、装備を破棄することを許可しており、国境を越えた場所に集結地点を設定していた。
どのような方法、手段を行使しても必ず逃げ切るようにと言い添えて。
装備を捨て身軽になった兵は、かなり素早く、例えアールキエが追撃したところで補足は困難だったたろう。
ファグナリスを背負いながら、ケービットは今回も生き残れたことに安堵していた。ただ同時に背負っている少年に怒りも覚えている。
無駄に自己犠牲を発揮してくれるなよ。
「こいつ、大丈夫なのか?」
「気絶しているだけだよ」
マリウスが見たところ、術式は問題なく機能し彼自身も自己を守りきったようだった。傷はあの少女につけられたもので、応急処置は済んでいる。目が覚めないのはただ疲れているだけだろう。ここしばらく、ファグナリスはかなり気を張りつめていたから。
「・・・酷な話だよな」
「・・・」
ケービットも結局、あの青年との戦いに決着をつけることができなかった。それが、ファグナリスを自己犠牲に走らせた一因ではないかとケービットに強く思わせた。
「僕らはまたすぐにでも戦いに出なければならないだろうね」
「あぁ」
任務は失敗したも同然だった。ならば、帰ったところであるのは別の過酷な任務だろう。彼らには結果だけしか求められていないのだから。
しかし、彼らには別に戦果がある。そのことを彼らは王都に着くまで完璧に忘れていた。
ファグナリスが目を覚ましたのは、戦闘終了からほぼ一日後だった。王都までの指揮は一番年嵩の男に任せて、ローザンヌと一緒に報告書をまとめた。彼はほとんど字が書けなかった。
それを提出し、報奨の残り半分の半分を頂いた。
任務には対外上失敗していたが、それとは別に敵の補給を阻害し、流通を滞らせ、経済にダメージを与え、敵戦力を削いだことを評価されたのだ。
金を手にファグナリスは、ローザンヌを伴ってアリシャたちが暮らしている孤児院に向かっていた。
孤児院の近くにローザンヌは暮らしているとのことだったので送りがてら一緒に歩いている。
「今回も何とか生き残れたね」
「そうですね、あなたはかなり無茶をしてましたけど」
「結果として、生きてるからいいよ」
「ですが、あれは無茶苦茶です。死にたかったんですか?」
ローザンヌが怒っているのを察して、ファグナリスは曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁した。
「解ってますか?」
「解ってるよ。今ならもっと別の方法があったと思ってるし・・・」
「ならそうしてください。私たちを犠牲にするぐらいの勢いで。それぐらいがちょうどいいんですから」
「・・・」
ファグナリスは答えなかった。
その横で、ローザンヌは小さくため息をついた。ファグナリスがまた無茶をするだろうことが、手に取るように解ったからだ。
「みんなで生き残りましょう。私たちだけじゃなく、あなたも」
「そうだね」
ファグナリスはそこだけには、はっきりと頷き返した。




