気狂い魔女
プラチナブロンドの少女・・・アールキエは、窓辺で黄昏ていた。
先日、接近遭遇した部隊。その司令官を殺された後、部隊を立て直した少年のことが忘れられないのだ。主たる王の左腕を切り飛ばした少年。黒髪黒瞳の、どちらかといえばこちら、東の国にいるような容姿の少年。
私と反対ならば、それこそしっくり来るわね。まるであべこべ。彼はきっとあちらで浮いているわ。私と一緒。
別に、この姿は望んで手に入れたものではない。偶々、こちらの国に流れてきた奴隷の女がこんな容姿をしており、それを気に入った貴族が囲って、結果として、私は生まれたのだ。おかげで奴隷生活をしなくて済んでいるし、まぁ、たとえそうであったとしても、なんとか生きていたでしょう。
それぐらいの器量はあるつもりだ。
薄絹の下の肢体を眺める。別段努力しなくとも、ある程度の美しさはあるという自負はある身体。まだ胸の発育が少ないが、それも時間が解決してしまうだろう。
その身体に歪な傷がある。正確にはその右腕に。
あの少年に斬られた箇所だ。
完全に治ることはないと、医者が宣言した傷だ。少年のことを思うと、傷が疼くように感じる。不快ではない。むしろ心地よい疼きといえる。かすり傷程度だったのに、私に烙印のような傷を、少年は刻んだのだ。
主でさえ、私には傷一つつけられないというのに。
自然、口元に笑みが浮かぶ。
また会えるだろうか。
いや、きっと会う。
その瞬間を思うと、いても立ってもいられなくなるほど、心が浮き足立つ。出来れば生け捕りにして、手足を捻じ切って、私の、私だけの玩具にしたい。誰にも触れさせず、私だけがあの少年を弄ぶの。
ぞくりと、サディスティックな悦楽が私を襲う。
ただ、それはドアをノックする音で霧散した。小さく熱くなった吐息を吐き出して、火照る身体の熱を振り払う。
「入れ」
「アールキエ様、そろそろ身支度を」
「・・・ああ、そろそろなのね。分かったわ。半刻後には合流するわ。下がって」
「は。失礼致しました」
隷下の男をさっさと下がらせ、私は薄絹を脱ぎ捨て、魔術強化された私専用の鎧に腕を通した。どの辺りが私専用かというと、全身を覆う鎧はどうにも身体に合わないので、最低限の箇所しかつけない。鎧は重いし、そんなんじゃ素早い動きが出来ない。だから、私の鎧は露出が多い。腕なんか手首以外はむき出しだ。だから、あの少年につけられた傷が露出する。
「・・・」
そこに、私は焦げたような色をした黒い布を巻きつける。この傷跡を誰にも見られたくない、と思ったのだ。
傷口が醜いとか、そういうことを気にする性格じゃない。自分で言うのもなんだけど。
うん。きっと、これがあの少年との因縁?・・・ううん。そんなものじゃない。これは、そう。『絆』・・・絆だからだ。
嬉しくなる。繋がっていると感じる。
「面白い感覚」
ぽつりと呟いて、私は剣を取る。シャムシェル。獅子の尾と呼ばれる反り返った刀身を持つ剣を。
いまだ療養にいる王の命令は、片腕の借りを返して来いというものだった。まぁ、私の部隊ならば出来ないことはない。要するに、司令官、もしくはそれに近い人間を血祭りに上げろというのだろう。出来る限り残酷に、徹底的に辱めろと。
敵はまだ近くで陣を構築しており、その警戒度は実際低い。何せ休戦協定を結んで、まだ四時間も立っていない。兵士たちは祝杯を上げて戦利品を数えているし、女に夢中になっている奴なんてごろごろといる。
暢気ね。
ここにあの少年がいればいいと思ったが、残念ながらいないようだ。なんとなく、あの接敵から彼の魔力パターンを把握できたので、索敵すれば一発で解るのだ。まぁ、強力なジャマーを張られたらどうしようも出来ないけれど。
仕方ない。お仕事しますか。
娼婦の纏うようなドレスを着込んで、私は駐屯地を歩く。道行く兵たちは、私の姿に固唾を呑む。中には声をかけてくる者もいたが、司令官に買われたのだと告げると、あっさりと引き下がったり、私に道を教えてくれたり、どれくらいの人数がここに詰めているのかも教えてくれた。
・・・馬鹿かと。
浮かれすぎにも程がある。まぁ、私はどう見たって彼らの敵国の人間には見えないわけだけれど。この油断はあまりにも酷すぎる。立場を忘れて警告してしまいそうになったぐらいだ。
しかし、これで解った。
ここを落とすのは、演習よりも簡単だ。
つまらなくなりそうで、私は小さくため息をついた。
憂鬱である。
簡単な仕事は拍子抜けしてしまう。私の悪い癖だ。つまらないと思うと、途端にやる気をなくしてしまうのは。
でも、仕方ないじゃない。気の張りようがないんだもの。
憂鬱で気だるげな足取りのまま、豪奢なテントの幕を無造作にあげる。横になっていた、腹の出たおじさんが驚いたように身体を起こした。
私は恭しく頭を下げた。
「リカルド様に言いつけられ、夜伽に参りました。どうぞ、可愛がってくださいまし、ネール様」
口元に微笑を浮かべ、司令官が何か言う前にドレスを脱ぎ捨て、身体を押し付けるようにおじさんにしなだれかかった。
「・・・ふふ、リカルドの奴め、こんな気を回せるようになるとはな・・・」
まぁ、そのリカルドさんはもうあの世へ逝ってるわけですけど。残念。あと、褒めるだけ無駄無駄。だってリカルドって人、先に私の肌に触れてしまっているのだもの。
「冷たい肌だな。どれ、私が温めてやろう」
舌なめずりをして、おじさんは私の肌に手を滑らせる。ごつごつとした、男の手。嫌いじゃないけど、どうもこれは文官の手ね。油がついて、ところどころぶにゅぶにゅしてる。その組み合わせは、私の大嫌いな感触で、どっちかにしろよと突っ込みを入れたくなる・・・あ、突っ込んじゃった。
「もうちょっと身体に気を使いなさいな、年齢が滲み出てるわ」
余計なお世話で、要らぬ言葉である。
おじさんの、やたらと宝飾に彩られた剣を片手に私は微笑を浮かべる。
腹を突かれたおじさんは突然のことに何の反応も出来ないようで、ぱくぱくと口を開け閉めしてる。魚みたいだ。
「き、貴様!? だ、誰か。誰か!」
「アールキエ様」
おじさんの声に答えたのは、私の部下だった。
「あ、終わった?」
「はい」
「ちゃんと一人残してる?」
「はい」
「連れてきてる?」
「仰せの通りに」
私の部下は、手に縄をかけた、まだ年若い、少年と言ってもいい男を連れてきた。明らかに私よりは年上だが。あらら。可哀想に。もっと年の行っている人を連れて来て上げれば良かったのに。
「・・・ある程度の年の男どもは、我らが同胞を弄んでおりまして、騎下の者が、その・・・少し我を忘れまして。偶然寝ていたこの者を連れてきた次第であります」
「気が進まないわ・・・ま、しょうがないか。仕事だものね。・・・ね、お兄さん。生き残りたい?」
彼は無我夢中という様子で頭を前後に振った。それに、私は微笑を投げかける。
「私のお願いを全て聞いてくれたら、生きて帰れるように手配してあげる。ホントよ? 私の神様に誓ってもいいわ」
「そ、それで助かるなら!」
「お兄さん、正直ね。はい。じゃあ、私の指示通りにしてね」
外套を羽織り、彼にナイフを手渡す。彼は、何故、自分にナイフを渡されたのか理解出来ないようだった。
「これから、豚の解体をしてもらいます。ただ、普通に解体したんじゃ面白くないから、より楽しく、面白く、ね♪・・・獣姦って、知ってる?」
彼の顔は、見る見る蒼褪めていった。かなり可哀想だとは思うが、見せしめだからしょうがない。彼はきっと心に大きな傷を負って、二度と男にも女にも触れられなくなることだろう。主に、そこに転がってる豚おじさんと、私のせいで。
あーあ。私も遊びたかったな。
以前の国境付近に、ふらふらと頼りない足取りで血塗れの少年が現れた。口の中には何かの動物の腸が詰め込まれ、少年は精気のない瞳でくちゃくちゃとそれを租借し、下半身は剥き出しで、ぶら下がる逸物は汚物に塗れていた。白く、あるいは茶色。そして滴る血の赤で。
その異様な姿に、誰もが声をかけられずにいた。
勇気を振り絞って少年に近づいた兵士を見るなり、少年は奇声を上げ、怯えたように腰を抜かし、失禁し、脱糞した。その後、胃の内容物がなくなるのではないかと思う程、激しく嘔吐を繰り返した。
少年が落ち着いたのは一ヵ月後で、その頃には、駐屯地が全滅していることは判明していた。少年を汚していたものが、その駐屯地の司令官のものであることも。
襲撃者の容姿を、少年は一言でこう言い表した。
「気狂い魔女」
と。




