密命 その3
ファグナリスは焦っていた。
この状況をどうやって切り抜けるべきなのか、その正しい答えが導き出せない。
膝の上でまったりと寛いでいる少女がその気になれば、あっさりと自分は殺されてしまう。それは純然たる事実である。剣は腰に下がったままだが、膝の上に乗られているせいで抜きようがなく、また彼女の方もそのように誘導してくる。
今はその気がないようだが、いつ気が変わるかは解らない。だから、彼女が望む行動を取るしかない。遊ばれている。
ケービットたちはしたり顔で酒をのみ始め、助けにはなってくれそうにない。やはり、制止するべきではなかったか・・・今更ながら後悔する。派手に暴れて逃げるべきだったかもしれない。それで任務達成が多少困難になったとしても、だ。
「うふふ。困ってるみたいね?」
「まぁ、ね。降りてくれたら、もっといろいろできるんだけど・・・?」
「い、や、よ。楽しみましょう? 最近退屈なの」
「戦争がないから?」
「そう。小競り合いも起きてないわ。平和よ。少なくとも民はね」
「王族が問題でも起こしてるの?」
「我が主の左腕を君が斬ってくれたでしょ? おかげで退位を迫られてるの。弟王にね。今の兄君に執政は辛いだろうから、ゆっくり療養したらどうかってね」
「ふぅん? それは申し訳ない」
「思ってもないクセに。まぁいいけど。そっちも最近大人しいじゃない。どうして?」
「陛下は、平和を愛しておられるそうだよ。今回のは大貴族が勝手に起こした戦争なんだってこと」
「ふふ。戦争の利益を甘受してるのに、言うだけは言うのね」
くすくすと笑いながら、アールキエはグラスを傾けた。
一口飲み、二口目は口に含み僅かに味を舌先で楽しんでから、ファグナリスに顔を寄せ唇を重ねる。唇を舌先で割りほとんど無理矢理に酒を咽下させた。
「・・・」
「美味しいでしょう? 君も遠慮せずに飲みなさいな。別に酔って困ることはないわ」
「だからってこんな飲ませ方はないだろ・・・」
「いいじゃない。初対面でもないのだし。今を楽しみましょう。お互いいつ死ぬか解らないんだし、損のある生き方はよくないわよ?」
戦場で生きているのだから、アールキエの言っていることはファグナリスにもよく解る。特にお互い殺し合う立場であるのだし。
今の異常を思えば、大体のことは受け止められるというものだ。
しばらく酒を楽しみながら、しかし腹の探り合いをやめることなく、その場はお開きになった。酒場の前で別れ、ファグナリスの背中が見えなくなるまでアールキエはじっとしていた。
その顔に笑顔はない。
「追いますか?」
「ダメよ。警戒されてる。見つかるわ」
「まさか」
「彼、とんだ食わせものだわ。あちらの情報を探ろうとしたけど・・・その分情報を持っていかれたわ。あわよくば、こちらに引き込みたかったのだけど」
愉しげにアールキエは笑みを浮かべた。
「まぁ、いいわ。向こうの目的も大体読めたし。ふふ。考えることはどこも一緒ね」
偶然にしては、随分と面白いことになっている。それが、アールキエの偽らざる本音である。果たして向こうが気付いているかは解らないが、こちらとの会話で引っ掛かりは覚えたはずだ。
そのように会話を誘導したのだし。
「と、いうことは、彼らの目的も・・・」
「そうね。この国を食い潰すつもりだわ。落としどころが楽しみね」
カスペルが、この国を父を生け贄して手に入れるつもりなのだということに気付いたのは、ベッドに転がり、今日のことを反芻した、その瞬間だった。
何故、国内ではなくここで暗殺をさせるのか、その疑問が氷解した。
この国で要人が殺される。それは、国の不義を指摘出来る材料になる。我が国の要人が貴国の人間に暗殺された。大変遺憾に思うとともに、未然に防げたのではないかと推察する次第である。早々に暗殺者の身柄の引き渡しを願う。
しかし、それは無理である。何故なら、暗殺者はもうとうに引き上げているのだから。あとはいっちゃもんつけて、戦争か、服従を強いる。・・・そんなところだろう。細かいところはごり押しになるはず。
それは、彼女たちも同じことで、パターンは違えど同じことを要求するだろう。
「・・・と、なれば問題は、いつ死ぬかだ。もっとも妥当な時期はいつだ? いつにすべきだ?」
出来るならば公的な場所。皆の注目が集まるような、そんな場所・・・
「最終日前のパーティーなら、注目が一番多いはずだ」
確か、この国の王候貴族が集まるはずだ。ならば、そこだ。そこで事が起こるのが望ましい。
ファグナリスは飛び起きて、慌ただしくケービットの部屋を訪ねた。今後の相談をするために。




