接近。遭遇。邂逅。
世界は残酷で厳しい。
でも、それでも幸せはあった。間違いなく、あったんだ・・・
母が死んだ。
色々と理由があるのだろうが、詳しくは解らない。病である、ということだけは確かで、それ以上は説明されても解らない。
「ファグナリス、二人を、アリシャとアベルを守ってあげて」
母の最後の言葉。
母と同じ、薄桃色の髪に同系色の瞳。顔立ちから何まで母と変わらない、妹・アリシャ。
金髪碧眼で、整った容姿からはどこぞの貴族の子息と言われてもおかしくない弟・アベル。
そして、黒髪に焔で炙られたような黒の瞳である、俺・ファグナリス。
全員、父が違うどころか、自分たちの父親にあったことすらない。
・・・母は娼婦だった。
俺たちの住まいは娼館の一室で、俺はそこで小間使いをしていたが、母が死んだことにより、俺たちはそこから出ていかざるを得なくなった。
まだ幼いアリシャを『商品』にするわけにはいかない。最終的に、アリシャがどういう選択をするにせよ、今の段階で将来の選択肢を潰すわけにはいかない。
娼婦たちは俺たちに同情してくれていたが、彼女たちにも生活がある。潔く退くべきだと判断し、俺たちは娼館を出た。
ただ幸運なことに、孤児院に空きがあり、二人までなら入れることが解っていたから、俺は迷うことなく二人を孤児院に入れた。
「兄様は、私たちを捨てるの?」
「兄ちゃんどこいくの?」
「アリシャ、ここには二人しか入れないんだ。聞き分けておくれ。俺が、お前たちを捨てるわけないだろ? お前たちが大事なんだ。だから、安全な場所にいてほしいんだよ」
優しく二人の頭を撫でる。どうかこれで納得してほしい。
この孤児院は国と教会が共同で経営しており、信頼度も高い。その代わり、大分高い見返りを求められたが、今の俺には安いものだ。
「アベル、兄ちゃんはな、ちょっと出稼ぎに行ってくるんだ。大丈夫、ちゃんと戻ってくるから、心配するな。アリシャも。俺の心配なんかしなくていいからな。ちゃんと勉強しろよ?」
二人を強く抱き締めてから、俺は二人から離れた。名残惜しい気持ちはある。二人だけにしたくないとも思う。
だが、そういうわけにもいかない。
俺は、戦場に行く。
捨て駒として、他の部隊が円滑に動けるようにするための遊撃部隊に所属して。
俺は、国と教会に自分の身体を売ったのだ。
それが、二人を孤児院に入れるために提示された条件だった。人質を取り無理矢理やらせるよりもこのやり方なら、効率的だ。どんな無理でも無茶でも家族のために遂行する。
この遊撃部隊に所属しているのは、大体そういう人間だった。
今回の戦争の主導は教会だ。同じ神を信仰しながら、僅かの環境の差異で文化に違いが出たものを異端とし、戦争へと駆り立てたのだ。
国としては、これを気に領土を拡大するか、賠償金をいただきたいというのが本音だろう。
それが長い戦いになるとはさすがに誰も考えてはいないようだったが。
そんな予感を俺は、初めて見る戦場に竦み上がりながら、感じていた。
俺たちの部隊は本隊が交戦を始めたのを横目に移動を開始していた。目的は敵本陣を襲撃すること。速やかに行えば大将を討ち取り、無事帰還出来るだろうが、それが不可能だということは、誰もが知っていた。
この部隊に、実戦経験者はほとんどいない。
要するに、陽動役なのだ。俺たちが本陣を攻めることによって生じる間隙につけ入り一気に圧倒しようという腹積もりなのだ。
どう考えても捨て駒だ。笑えないが現実で、現状だ。
この状況でどうにかして生き残らねばならない。また弟妹に会わなければならないのだ。せめて、二人が成人するまでは・・・
予測地点に本陣はあった。全員が隊長の指示で鞘から剣を抜いた。
全員が緊張で強張っている。ここまで来れたことが奇跡に近いことは解っている。いつ逆に襲撃されるかわからないのだ。さらに本陣にいる大将を守るのは精兵だ。しかも、脱出が間に合わなければ、前線の兵が周囲を取り囲みなぶり殺しにされる。どう考えても味方がここに攻め入るまで生きていることは不可能だろう。
「みんな、生きて帰るぞ」
隊長は、小さな、しかし確かに全員に聞こえる声で、そう言った。全員が、小さく頷きを返し、瞬間ときの声があがった。
全員が一気に身体を起こし、本陣に突貫した。
天幕を切り裂き、一気に雪崩れ込む。目指すは一つ。大将首。
吼え、蛮声を上げ奥へ奥へと突き進んでいく。
不意の急襲に敵は浮き足立っていた。立ち尽くす敵を押し退けるように切り捨てる。あるいはそのまま踏み潰していく。
「覚悟!」
大将の姿を認識し、隊長が突進していく。
「参ったなぁ。まさかここまで来るものがいるとはね。・・・仕方ない、実力を見せてみろ」
「了解。主様♪」
動揺する様子のない大将の声に応える少女の明るい声。やばい、と俺が感じたときには、隊長の首が宙を舞っていた。
溢れ出す鮮血をその身に浴びながら、艶やかに少女は微笑んでいる。美しいプラチナブロンドに白磁のような肌。金色の瞳が、戦いの興奮からか、異様な光を放っている。
「我が同胞たちよ。敵を、食らい尽くせ! 宴の時だ!!」
少女の号令の下、蛮声が響き渡り、軽装のーー俺たちも人のことは言えないがーー兵が現れる。その瞬間に幾人かは殺された。
俺たちは為す術もなく翻弄された。
指揮系統が機能していないのだ。じり貧だ。だが、このまま殺されるのを待つつもりはない。そんなのは嫌だ!
「ケービット! 脱出路を確保しろ! 三人つれてけ!マリウス! 右側面が甘い! 固めろ!ローザンヌ! 真っ正面にぶちかませ!! 遠慮はいらねぇ! そういうの得意だろ!?」
指示を出された三人は、コンマの時間だけ困惑しただけで、すぐに意を得たと言わんばかりに速やかに行動を開始した。
彼らの行動は早かった。すぐさまケービットは脱出路を確保し、指示のなかった奴から撤退させていく。マリウスは右側面の防御を固くし、ケービットのサポートに回った。ローザンヌに至っては誰よりも早く行動を終えていた。十人程度ならば楽に爆殺出来る魔術を敵に向かって放ち、自分はさっさと脱出路確保のサポートに回るという非常に手際のよいところを見せてくれた。
だが、俺は見ていた。少女が敵大将の前に立ち、ローザンヌの爆殺魔術を防ぐのを。
だから、突っ込む。爆煙に包まれている今なら、不意をつけると思ったからだ。
煙を払うように銀の閃光が走るのを見た瞬間、俺の体は本能に従って反撃を打っていた。
刃が交錯する。後出しの俺の剣が少女の刃を僅かに押し上げて軌道を逸らした。微かな手応えが手に残る。
しかし、それは無視する。剣を更に袈裟懸けに振る。確実な手応え。煙の奥で痛みを堪えている男の呻きが聞こえた。
男の隣で膨らんだ殺気に、これ以上は無理と判断して、ケービット、マリウス、ローザンヌとともに殿を勤めてそこから脱出した。
敵大将・テニキアス国王は、この交戦によって左腕を失い、その事実に浮き足だった敵軍は自領土の四分の一を守り切れず、撤退することになった。
敵大将を討ち取ることは出来なかったが、俺たちは任務を生きて達成することが出来たのだった。
公にこれが公表されることはなかったが、当面の生活に困らない報奨を得られ、更にアリシャやアベルのことも保証された。少なくとも、成人近くまでは二人の生活は安定する。
ただ、これがつかぬ間のことでしかないだろうことは、漠然とながら解っていた・・・




