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遠い憧憬  作者: あかり
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 精神的に疲れたとき、僕はいつも釣りに行くことにしている。連れはいつも決まっている。ケンだ。

 釣りが趣味なんてずいぶんジジ臭いヤツだと思うかもしれないけど、釣りをしているとぼーっと考え事もできるし、釣れても釣れなくてもそれなりに楽しい。きっと僕は、のんびりする口実がほしくて釣りに行くんだろう。

「おーい、郁弥。さっぱり釣れねぇよ。ここポイントじゃないんじゃねぇの?」

「うん、そうだね」

「もう十月も終わりだよ? いい加減寒いっちゅーの」

「うん、そうだね」

 僕は煙草の灰を落とすのも面倒くさくて、口にくわえたままにしている。さっきから竿先はピクリとも動かない。遠くで電車の通る音が聞こえる。

 隣で鼻歌を歌いながら、ケンが餌を練っている。

「このくらいでいいかなぁ?」

 晴れてはいるけど、やっぱり風は秋の風だ、冷たい。河原には僕達ふたりのほかには誰もいなかった。よくつきあってくれるよなぁと、感謝している、いつも。

「この前お前いきなり帰っちゃうんだもん。マミヤくんがウキーッて怒ってたぞ」

「ああ・・・カノジョなにか言ってなかった?」

「え? なにを?」

 ケンが不思議そうな顔で僕を見る。しまった。彼女はあの話をしていなかったのか。

 そのとき、ナイスなタイミングでケンの竿が引いた。

「おい、お前引いてるぞ」

「あ、ホントだ」

 結局釣り上げる直前で逃げられてしまったけど、どうせ僕達は釣っても川へ返すんだから同じことだ。おかげで僕は言い訳を考える時間ができた。

「いや、あの日お前に代わってもらっちゃったじゃん。迷惑かけちゃったかなぁって思ってさ」

「なんだ、そんなことか。全然平気だよ。カッコよかったって言ってたし」

「あー、そうかいそうかい。まったく、独り者の前でノロケてんじゃねえよ」

 今度は僕の竿が引いた。張り切って釣り上げてみると、五センチほどの小物が糸の先でピチピチ跳ねていた。僕は気を悪くして、ポイッと川へ投げ返した。隣でケンがおかしそうに笑っている。

「そういえばさ、アヤちゃんどうしたの? なんかあったの?」

 ケンが僕のバケツの中を覗き込んで、思い出したように話を振る。どうしてバケツの中を見てアヤちゃんを思い出すんだ。顔が丸いとでも言いたいのか? まったく、失礼なヤツだ。

 僕は持参のワンカップを一口飲んで、飲むか? とケンに渡した。ケンは一口飲んだだけで、すぐ僕に返した。

「別に話したくないんだったらいいんだけどさ」

「いや、そういうんじゃなくて、ただもう関係ない人だからさぁ」

「なにそれ?」

「もう会わないからさ。お前そろそろ餌変えた方がいいんじゃねぇの?」

 あ、そうか、とケンは釣竿を引き上げる。

 ケンが餌をつけ替えている間、僕は彼女のことを考えていた。水面はおだやかなものだ。

 彼女がケンにあの話をしていなかったのは、結構意外だったし、だけど妙に納得もできた。ケンと彼女が普段どういう話をしているのか想像もできないけど、とりあえず、彼女は他人にされたことを言いつけたり、それで泣き言を言ったりする人間には見えなかった。それに、きっと彼女にとって、ホントによくあることなんだろう。だから話さなかったんだ。

 餌をつけ終わって、ケンは立ち上がって勢いよく竿を投げる。

「お前さぁ、ひとの心配する前に、自分はどうなのよ? 上手くいってんの? 日曜の昼間にこんなとこ来てて、カノジョ怒ってるんじゃないの?」

「うん。今日キリちゃん友達と出かけるって言ってたし、それにいつもそういうことでは文句言わないよ」

「ふーん・・・できたカノジョさんだねぇ」

 うん、とうなずくケンの顔はとても幸せそうで、その顔を見ただけでふたりが上手くやってることは痛いほどわかった。

 それでいいんだ。ケンには幸せになってほしい。別に、過去の罪悪感からそう思うわけじゃない。こいつは絶対幸せにならなきゃいけない人間なんだ。神様、そこんとこ頼むよ。

「なあ、そろそろハラへらない?」

「そうだな、もう引き上げようか」

 結局今日僕達が釣ったのは、ふたり合わせてたったの三匹だった。だけど僕は満ち足りていた。ケンとふたりの時間を過ごすのは久しぶりで、やっぱりこいつといると落ち着くんだ。

 帰りに牛丼屋でメシを食べてるとき、ケンの携帯が鳴った。彼女からのメールだったみたいだ。まったく、うらやましいもんだよ。

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