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遠い憧憬  作者: あかり
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 許されたからといって、状況はなにも変わらない。相変わらずマミヤくんと彼女はバレバレの芝居を続けているし、ケンはそれについてなにも言わない。とっくに気づいているだろう。僕になにも言わないのは、心の底で、僕もマミヤくんと同じだと思っているからかもしれない。否定できない自分が辛い。

 考えてみれば、ケンとの長いつきあいの中で、一度でもあいつから相談を受けたことがあっただろうか。僕達はいろんな話をした。だけど本当は、なにも話していなかったのと同じなんじゃないだろうか。あいつがなにを想って、なにを考えているのか、僕にはまったくわからない。わかっていることは目に見える、ホントに単純なことばかりだ。僕達のつきあいは、いったいなんだったんだろう。

 いつもケンは笑っている。僕はその笑顔だけを見てひとり納得して、笑顔の裏まで考えたことはなかった。笑いながら泣く人間だっているだろう。それなのに、僕はケンを一から十まで理解している気でいた。なんて思い上がりだ、まったく。

 いつもケンは笑っている。僕はやっと、その裏に目を向けられるようになった。これも、彼女とマミヤくんのおかげなんだろうか。


 彼女とマミヤくんは、もう人目をはばかる意識さえ捨ててしまった。自分達の気持ちに正直に、みんなの前でも態度を変えようとしない。意外なことに、マミヤくんに対する非難は少なかった。それよりもケンのふがいなさを笑うやつが多くて、僕の目の前で笑うバカもいた。どういうつもりかさっぱり理解できない。僕が笑って同意するとでも思ったんだろうか。救い難い。




 マミヤくんのライブに、やっぱり彼女は来ていた。バーカウンターにもたれかかって、麻ちゃんとカズくんとなにか話している、僕は入り口で足を止めて、満ち足りたオーラを放つ彼女を見ていた。

「やったね、結構入ってるじゃん」

 僕の肩越しにフロアを見て、マミヤくんはうれしそうに笑う。久しぶりのライブだから、リハのときからずっと気合が入っている。彼女達に手を振りながら、僕を連れて歩いていく。

 僕は今日、マミヤくんのバンドにゲストで参加することになっていた。なんてことはない、盛り上げるためにピアニカを持って乱入するだけだ。ケンはシンバルを持ってきた。手軽に扱える楽器で、家にあるのがそれしかなかったらしい。まるでおさるのオモチャだ。似合いすぎる。

「あー、郁弥くんおはよー。ねえねえ、ケンちゃんどこ行ったの? まだ見てないんだけど」

「メシ買ってくるってさ。もうそろそろ戻ってくると思うけど・・・おお、ジュンじゃん。お前も来てたのかぁ」

 ジュンはみんなと少し離れたところで僕を手招きする。みんなに気づかれたくないようで、僕は少し不思議に思った。男同士で内緒話か?

「どうしたんだよ。久しぶりじゃん」

 ジュンはちらっとみんなの方を見て、誰も僕達を気にしてないことを確認してから僕に耳を貸せと合図する。

「なんだよ、気持ち悪いなぁ」

「郁弥知ってんの?」

 それだけ言って、ジュンはマミヤくんと彼女を親指で指す。ふたりは肩を寄せ合って、誰が見ても恋人同士だと思うだろう。ケンがいなくてよかった。いや、もちろんケンの目の前じゃ、さすがにそんな態度もとらないけど、いつ見られてもおかしくない状況で、よくそんなことができるもんだ。呆れるのを通り越して感心する。

 ああ、またか、と僕はため息をついた。どうしてみんな僕に聞くんだ。僕はケンのマネージャーでもなんでもない。聞かれても困るだけだ。

「うん。小夜ちゃんから聞いたけど・・・それが?」

「それがって・・・あっちゃー、小夜ちゃんも知ってるのかぁ。まずいなぁ」

 これだけ小夜ちゃんがみんなを避けていて、知ってるもなにもないだろう。僕はなにも言わず、ジュンの次の言葉を待った。ジュンはなにか言いかねてるように見えた。

「言ってもいいよなぁ、郁弥だもんなぁ――オレさぁ、この前ケンとふたりで飲んだんだ。で、その帰りに――」

 渋谷で飲んでいたケンとジュンは、十二時すぎに店を出た。ジュンの家に行って飲み直すつもりだったらしい。千鳥足で歩いていると、ふと、ケンが足を止めた。おい、どうしたと言いながらジュンがケンの視線の先を追うと、マミヤくんと彼女が、腕を組みながら歩いていた。

「あのまま帰ったとはとても思えなかったね」

 体中の血が一瞬で沸騰した。脳みそまで爆発しそうだ。僕は慌ててつばを飲み込んだ。

「それで――」

「なんにもなかったように、オレんち行って飲んだよ。あいつ無理してはしゃぐし、オレもふれられなかったしさぁ。最低だったね。悪酔いしちゃって」

「それで――」

「いや、だからそれだけなんだけどさぁ。大変だったよ。まああいつも辛かっただろうねぇ。目の前でそんなの見せつけられちゃった日にゃぁ」

 ジュンの言葉が僕の目の前でクルクル回る。裏切られたような気持ちだった。ふっきれたつもりでいても、やっぱり心のどこかで期待していた。ケンが最後に、僕に頼ってきてくれることを。やっぱりお前しかいないと言ってくれることを。ケンは僕になにも言わなかった。昨日会ったときも、今日会ったときも。いつもと同じ顔で笑っていた。そんなに僕に気づかれたくなかったのか。そんなに僕を信用していなかったのか。あいつは――

「マミヤくんもいい根性してるよなぁ。友達のカノジョとっちゃうくらいオレでもできるけど、その後も平気で友達面してつきあえないよー。すごいね、尊敬しちゃうね」

 ケンがいきなり遠くなった。そうか、僕はもう、あいつとマミヤくんと彼女の、ドロドロの三角関係に気を遣わなくてもいいのか。あいつは僕になにも望んでいないんだ。望まれていないことをわざわざする必要もない。僕はただ遠くから眺めていればいいのか。なんだ、そっか・・・

「だけどさぁ、やっぱりケンってよくわかんないよね。昔っからあいつそうだけどさぁ、笑ってるだけでなに考えてるのかわっかんねぇもん。不気味だよなぁ。腹ん中でなに考えてんだか。なあ、そう思わねぇ?」

 僕はいきなりジュンの胸ぐらをつかんだ。

「な、なんだよ?」

 理由のわからない怒りでいっぱいだった。頭に血が上って、僕は自分がなにをしているのかわからなかった。ケン、マミヤくん、彼女、ジュン・・・目の前を通り過ぎる。ジュンは最初の驚きを通り越して、僕の腕を払い落とした。そして僕を見て不敵に笑う。

「なんだよ、お前だってそう思ってんだろ? ひとりでいいカッコすんなよ。お前だってケンのカノジョとったくせに。マミヤくんとどこが違うんだよ? 一緒だろ? なあ――」

 僕は握り締めていた拳を振り上げた。

「あー、ジュンじゃん。なんだ、お前も来てたのかぁ」

 ケンの声で、場の空気が一瞬にして変わる。ジュンがちいさな声で「ごめん」とつぶいた。

 ケンはコンビニの袋をぶらさげて、うれしそうに笑っている。いつも通りの笑顔だったけど、僕には仮面に大きな亀裂が入っているように見えた。

「マミヤくんがそろそろ準備してってさ。じゃあジュン、後でな」

「おお、がんばれよ」

 楽屋に戻るとき、彼女の横を通った。ケンは彼女になにも言わなかった。彼女も、それを当然のことと受け止めているようだった。


「今日も小夜ちゃん来てないね。」

「うん、なんか忙しいんだってマミヤくん言ってたよ」

 マミヤくんのギターに合わせてリズムを取りながら、ケンは律儀に答える。嫌味のつもりだったのに、上手くかわされた気分だ。僕はふーん、とつぶやいて、でたらめにピアニカの鍵盤をたたいた。

 いいよ、ケン。お前はいつまでもそのままでいてくれ。自分が正しいと思う、生きやすい芝居を続けろ。僕は見てるから。なにも口出ししないから、そのまま続けるんだ。それが正しいと思うなら。

「それじゃ、ここで本日のスペシャルゲストー。拍手、拍手――入ってもらいましょう。ケンくんと郁弥くんー。みんな知ってるよね?」

 シンバルをジャーンと鳴らして、ケンがステージへ歩いていく。見慣れた後ろ姿が、今日はやけに大きく見える。ライトがまぶしくて、僕は思わず目を細めた。

 暗い客席で、今夜は彼女が見つけられない。




 部屋が荒れ果てている。掃除をしてくれる女の子もいなくなったし、自分でする気にもならなくて放っておいたら、いつの間にかゴミ溜めのようになっていた。絶望的。

 あまりにも汚すぎて実家に逃げ帰った。実家から十五分も離れていないところに住んでると、こういうとき便利だ。ひとりじゃないと勉強に集中できないとか、大学に入ったら自立したいとか、無茶苦茶な理由をつけて強行しただけのことはある。ブツブツ文句を言いながら、母親が片付けに行ってくれた。いい歳して、掃除してくれるカノジョもいないなんて、お前も終わったね、と言われた。確かに、と笑ってしまった。

 母親は僕の部屋へ行って、親父と妹は昼間はいない。久しぶりの実家はわずらわしいものがまったくなくて、やっぱり落ち着ける。置きっぱなしにしていたレコードや本を眺めながら、ぼんやりと一日を過ごした。窓からやわらかな日差しが射し込んで、ページをめくるたびにほこりが舞った。少しかびたような紙の匂いと、冬独特の乾いた匂いが混ざり合って、僕の鼻をくすぐった。

 居間でぼーっとテレビを見ていたら、妹が帰ってきた。あら、めずらしい、と僕の顔を覗きこんだ。

「ちょっと老けたんじゃない? 顔に生気がないわよ」

「うるさい。疲れてんだよ」

 なに言ってるのよ、と笑いながらバッグをソファの上に放り投げる。相変わらず粗雑なヤツだ。

「学校全然行ってないでしょ? 何年留年すれば気が済むのよ。わたしの方が先に卒業しちゃうわよ」

「はいはい。勝手に卒業してOLにでもなってお茶でもいれてなさい。僕は忙しいんですから」

 親や妹との他愛無い会話は、ヘロヘロに疲れ果てていた僕にはとてもやさしかった。僕はいろんなことに疲れて、逃げ出したかったんだ。みんなから、学校から、バイトから、バンドから・・・時間が僕を追いかけてくる。だけど、ここは時間が止まっている。なにもかも嫌になったら、ここに逃げてくればいい。ここは動かない。僕にとっての家族はいつまでも変わらないし、家族にとっての僕も同じだろう。変わらない。誰も僕に求めないし、期待しない。僕は僕のままでいられるんだ。

「帰ってこようかなぁ」

 夕食のときに、何気なくつぶやいてみた。

「バカねぇ、帰ってきてもあんたのいる場所なんてないわよ」

「お兄ちゃんが帰ってきたら、わたしの荷物どこに置けばいいのよー」

「男はなぁ、一度決めたことは最後まで貫かなくちゃいけないんだ。お前は家を出るときもう戻ってこないって言ったよな?」

 少し言ってみたかっただけなのに、そんなにやいやいみんなで言わなくてもいいと思う。せっかくのすき焼きが、なんだか味がしなくなった。

 だけど家族との夕食は、わずかながらも僕に活力を与えてくれた。

 明日僕は自分の世界へ帰る。そこにはケンや、マミヤくんや、彼女が待ち構えている。戦うべき相手は僕自身だ。負けてなんていられない。戦闘に備えて士気を高めるため、妹とふたりでゲームなんてしてしまった。

 気がつくと朝だった。

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