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遠い憧憬  作者: あかり
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 彼女は僕を見ない。奇跡を起こす呪文のように、何度も唱えた。そう――彼女は、僕を、見ない。







大人の顔色を伺うようになったのは、いつの頃からだっただろう。思い出せる一番古い記憶は、小学校の四年生の時だ。僕の書いた作文が、コンクールで全校の代表に選ばれた。担任の教師は教壇の前に僕を呼んで、クラスメイトの前で僕を褒めた。

「おい、郁弥、お前すげぇなぁ。作文とか読書感想文とか、お前いつも一番だもんなぁ」

 仲のよかった友達にそう言われても、なにがすごいのか僕にはさっぱりわからなかった。作文や読書感想文は、相手(教師)がなにを望んでいるのかあまりにもはっきりしすぎていて、それ以外のことを書くなんて思いもよらなかった僕に、そんなことを理解しろと言う方が無理だっただろう。ただ相手の望むことを書いて、それで賞がもらえてみんなに褒められて、すごいと言われてもうれしくもなんともなかった。だってこれは僕の言葉じゃない。僕自身のこと以外で僕が褒められたって、うれしいわけないじゃないか。

 そんな僕の気持ちにまったく気づかず、まわりは僕を褒めあげた。

そうか、こういうことなのか。僕がなにをよろこぶのかなんて、みんなには関係ないことなのか。自分が与えられてうれしいものは、誰だってそう思うと信じてるみたいだ。誰も僕のことをわかってくれない。こんなものか・・・。小学校四年生にして、僕はもう世界に期待しない人間になっていた。期待したってしょうがない。理解してもらうなんてことは、どれだけ努力したってしょせん手の届かない月みたいなもんだ。

小学校、中学校、高校と、勉強だけはできた。スポーツもそれなりにこなして、手先も器用。それなのにあまり友達がいなかったのは、僕の人間関係の技術の稚拙さのせいだろう。

だけど、ケンは違った。




別に友達が少ないことは恥ずべきことじゃないと思う。だけどいないよりはいた方が遥かによくて、だけど自分は上手くひとの輪に入っていけないんだからしょうがないじゃないか、と思っていた。

傾向を観察したこともある。どういう人間がひとに好かれて、こういう人間は嫌われて、無視される人間はここに問題がある、と大学ノートに書き連ねた。小学校の頃だ。教師に好かれる人間、友達の親に好かれる人間、いろんなタイプを研究した。だけど僕はその研究結果をもとに行動したりはしなかった。いや、できなかったんだ。こうすれば好かれるのはわかる、だけどなぜか恥ずかしくて、僕は周囲に埋没していた。

小学校、中学校と、僕はまわりの人間を観察して過ごした。ある程度データが集まると、今度はそれをタイプ別に分けることをした。どんな人間でもどれかのタイプに収まってしまう。新たな発見の喜びがなくなった。高校に入る頃には、僕は人間観察に対して興味を失っていた。

高校に入学して、ケンと同じクラスになった。ひとりひとり行う自己紹介の時間、僕は無意識のうちにクラスメイトを分析していた。ケンはタイプC、誰にでも興味を持って、親しさという武器でプライバシーまで侵略する。O型に多し。僕は愛想よく話しかけてくるケンを、すこし警戒しながら適当にあしらっていた。

高校に入っても、僕のスタンスは変わらなかった。




一年生の夏に、結構好きだったバンドの来日ライブがあった。あまりみんなが知らない、マイナーなバンドだった。僕は前売り券を買って、ひとりで出かけた。趣味の合う友達がいない僕にとって、ひとりでライブに行くことはごく自然のことだった。

ざわついているライブハウス。ここでは誰も僕に興味を持たない。無関心な集団は、同じものが好きなのにヘンに共感を持ったりはしない。ビールを飲みながら、僕はまだ暗いステージを見つめていた。

「あれー、野川じゃない?」

 不意に肩をたたかれて振り返るとうれしそうにニコニコ笑ったケンがいた。

「なんだ、野川も好きだったんだ、このバンド」

「まあ、ね・・・横山、お前ひとりなの?」

 僕はひとりでゆっくり観たいんだ。ケンが友達と一緒で、早くそっちに戻ってくれることを期待していた。だけどケンは僕の思惑なんかちっとも気にせず、

「うん、オレもひとりなんだ」

 と笑って僕の隣に座り込んだ。

 あーあ・・・ゆっくりライブを見るという僕のささやかな野望は脆くも崩れたか。これからきっと、他はどういうバンドが好きかとか、自分ではやらないのか、自分はなにが好きだとか、とにかくいろいろ話しかけてきて、僕の静かな時間を奪い去るんだろう。僕のデータによると、タイプCは必ずそうだ。

「野川さぁ、生で観るの初めて?」

「いや、この前来たときも観たけど」

「そっかぁ。オレ初めてなんだぁ。ドキドキするよね。アルバムと一緒なのかなぁとか、すっげぇ下手だったらヤだなぁとかさ」

 ケンは笑って、期待を込めたまなざしで動き始めたステージを見ていた。僕も黒子のようにスタッフが働くステージに目を向けて、あれ、なんか違うな、と思っていた。

 不思議と、イヤじゃなかった。話しかけられて一瞬身構えたけど、ケンとの会話はまったく不快じゃなかった。冷たくはないんだけど熱すぎもせず、近いんだけどちゃんと距離を置いてくれる。ひょっとして、僕の観察は間違えていたのかな、と考えていたら、ライブが始まった。

 ライブ中、ケンは一度も話しかけてこなかった。僕はそれが気になって、とてもライブを楽しむどころの話じゃなかった。

 ライブハウスから駅まで一緒に歩いて、ひとりで電車に乗るまで僕の中の違和感は消えなかった。


 それから、学校で会っても、ケンは僕に今までと同じ接し方で対応した。同じ趣味というと、人間は得てして妙な仲間意識や結束感を持ったりするけど、ケンにはそれがなかった。

 僕はケンに興味を持った。ケンは、よく注意してみると、とても不思議な人間だった。ひとあたりがよくていつでも輪の真ん中にいるのに、他人のプライバシーを詮索しない代わりに自分のこともあまり話さなかった。僕はいつの間にか、無意識のうちにケンを自分の視界の中に探すようになった。僕の視線はすぐにケンに気づかれたけど、ケンはその視線をどう受け取ったのか、少しずつ、野良猫が人間になついていくように、僕に近づいてきた。そのうち自然の流れで、僕達は一緒にバンドをやっていた。

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