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間が悪い

間が悪い3 ~車内カーステレオを巡る戦い~

作者: 相原ミヤ

 間が悪い。

 とにかく私は間が悪い。

 私の間の悪さは殿堂入りで、友達からは「間が悪いよね」と笑われるほどだ。


 これまで私が出くわした間の悪いさは数え切れないほど。今回は、その中の一つを聞いて欲しい。それは涙が無くして語れない、とても哀しい間の悪さ。車内カーステレオを巡る戦い。


 私の愛車、軽四自動車。名前は「からし」ちゃん。田舎者の私にとって、通勤に車は欠かせない。


 職場までの距離はあまり無いのだけれども、田舎者の生活に車は必須。一度車を手にしたら、魔力に掛かったかのように車から離れることが出来ない。そんなものだ。


 私は都会に住んだことは無いけれど、時刻表の不要の生活は憧れる。満員列車は嫌だけれども。


 田舎者には欠かせない自動車。車はテレビ同様一家に一台の時代。車の無い生活は考えられず、私は車を使って通勤している。通勤だけじゃなくて、買い物も、遊びに行くのも、コンビニに行くことさえも車は欠かせない。

 私にとって車は、ただの移動手段や機械ではなく相棒そのものなのだ。だから、最近流行のポータブルミュージックプレイヤーは必要ない。私が音楽を聴く場所は車の中。CDやMDを使ってカーステレオで音楽を流す。もともと、音楽好きの私にとって、車の運転中はカラオケでもあるのだ。


 私が好きな音楽は、少しマイナーはロックミュージック。ギターの音が掻き鳴り、ドラムの音が響く。カーステレオを通じて、ベースの音が身体に響く。音をまとめるのはボーカルの声。時に激しく、時に優しく響く。

 私はこの音楽が好きだけれども、人に公言出来る音楽ではない。女の子が車の中で聞いていると、一歩後ろへ引いてしまう。そんな音楽だ。だから、私の車にはカモフラージュCDが入っている。カモフラージュCDとは、人を乗せるときに流す、誰もが好む音楽。ボサノバや穏やかな洋楽。カバーアルバムでも良い。好印象をもたれるCDを二、三枚持っていて、それを流すのだ。


 さて、私のバックボーンを知ってもらったところで、戦いの詳細を聞いて欲しい。



 この日、私はいつものようにロックミュージックを聞きながら通勤し、職場の駐車場に車を停めた。もちろん、音量を小さくして外に音が漏れないように注意を怠らない。普段はCDを入れ替えるのだけれども、今日は寝坊してCDを入れ替える余裕が無かった。


 間が悪い。

 とにかく私は間が悪い。


 激務と呼ぶべき、今日の仕事。私の仕事は追々話すとして、仕事を終えて帰る私を、上司が呼び止めた。


(え?飲み会があるから、乗せて欲しい?)

そんな内容だった。どうやら、私の帰り道の近くの居酒屋で、友達とお酒を飲むそうで、車は家に置いてきたと。

(そうだよね、飲酒運転はいけないもんね)

私は半ば喜ぶような気持ちで頷いた。

 上司と言っても、独身三十歳。しかも男前で性格も良い。女性たちの憧れの的だ。二つ返事で了承した私の後を、男前上司はついてきた。

 車を表に回すから、表で待っていて欲しいという私の申し出を、男前上司は首を横に振って否定した。一人で待つことが退屈だということと、足代わりに使う上に表に車を回させるなんて上から目線のことは出来ない、といった男前上司の人の良さによるもののようだ。

 二人で駐車場へ歩きながら、私は一つ思い出した。愛車「からし」ちゃんの中には、ロックミュージックのCDを入れたままだ。

 間の悪い私は、今日たまたま寝坊して、日ごろなら入れ替えているCDを、たまたまロックミュージックのままにしているのだ。


 男前上司にそんな音楽を聞かれることは許されない。仮にも私も女子。スーパーのレジでどのレジが早いか勝負したり、混雑した駐車場で停める場所を取り合ってばかりではない。男前上司の前では可愛い部下でいたいのだ。

 幸い車の中は片付いている。いきなり乗せても構わない。気になるのは、音楽のことだけ。


 どうしよう……

 どうしよう……


 ハザードが二回ついて、鍵が開く。私が運転席に乗り込むと同時に、男前上司は助手席に乗り込む。助手席の前には、カモフラージュ用のボサノバが置いてある。それと入れ替えたい。入れ替えて、可愛い部下であり続けたい。

 私は鍵を入れる直前に、CDに手を伸ばした。


 入れ替えたい。

 これと入れ替えたい。


 この時を逃して、何がカモフラージュ用CDだ。今こそ、カモフラージュするときなのだ。


 私がCDに手を伸ばすと、男前上司は笑った。

「気を使わなくていいよ」

男前上司は、女性たちが憧れる笑みを私に向けた。人が良い彼にとって、CDを入れ替えることさえも、気を使っていることになるのだ。優しい男前上司の優しさが痛い。

 私は何も言えずに、頷いた。


 次なる作戦を考えなくてはならない。


 私は頭を回転させた。


 そして閃いた。音楽を消してしまえば良いのだ。


 私はエンジンを掛けると同時に、カーステレオのボリュームを絞り無音の空間を作り出した。響くのは、車のエンジン音だけ。私はいつも以上の安全運転で車を走らせた。


 無音の空間。


 男前上司はとても優しい人だ。気が利いて、女性たちの憧れの的だ。優しい男前上司と、間の悪い私が一緒にいると何が起こるのか想像するに容易い。


 無音の空間。

 優しい男前上司。

 そして間の悪い私。


 男前上司が言った。

「音楽流して良い?」

私の心臓が大きく脈打った。

(CDを入れ替えなきゃ)

私の焦りは強くなる。焦ってばかりで何も考えが浮かばない。動揺している間に、男前上司の手がボリュームを上げるためにカーステレオに伸びる。

(あ!)

思うより早く、男前上司は音楽のボリュームを上げた。


 響く爆音。

 掻き鳴るギター。

 激しくリズムを刻むドラム。

 カースステレオを通じて、身体に響くベース。

 そして、響くボーカルの美声。

  

 私の愛車「からし」ちゃん。中古車で購入したから、カーステレオだけは後付けで新しいものをつけた。この後付けのカーステレオ。欠点を上げるなら、ボリュームが大きいということだ。通常の街を走行するなら3で十分。雨の日で4。その程度で十分だ。

 事実を知らない男前上司は、間が悪いことに思い切りボリュームを一回転させた。


 響く爆音。


 一回転もさせたら、ボリュームは14、5程度にはなっているはずだ。大きすぎる音に驚き、車の主である私でさえ驚きハンドル操作を誤りそうになる。


――マシンガンを持って逝くよ


 ボーカルの美声が爆音で歌詞を刻む。間が悪いことに、こんなフレーズを。


「うぎゃあ!」

声にならない声を上げて、私はすぐにボリュームを絞った。あまりの爆音に耳鳴りがした。隣に目を向けると、男前上司が唖然とした表情で前を見つめている。


 間が悪い。

 本当に私は間が悪い。


 こういう日に限ってCDを入れ替えていない。

 なぜか私のカーステレオは後付けだ。

 よりによって激しい歌詞が流れる。


 間の悪い私が男前上司を乗せればこんなものだ。



 無言のまま、男前上司を居酒屋まで乗せると、私はそそくさと家に帰った。




 笑い話にすればよいのに、優しい男前上司は何も言わない。


 

 間が悪い。

 こういうことも、間が悪いうちの一つだと私は思う。

 スーパーのレジや駐車場で戦ってばかりではありません。これまでとは趣向を変えてこういうのも、間の悪さの一つだと思います。

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