色づく季節
通りすがりで夏祭りの光景をぼんやり眺めていた。市内のそれほど大きくはない規模の祭り。開けた通りに面した神社の関係だろうか。近くの道路はさんざん蒸されて、立ち上る陽炎の先に櫓が組まれて、太鼓の音ドーンという音が鼓膜を刺激している。浴衣で着飾った人や、はしゃいだ子供たちの姿が場面を彩り、赤々とした出店の色に浮かぶ文字を辿っていたら昼でもないのに小腹が空いてきた。
自分がそこに何を感じているのか、なんだかよく分からなくなるのは暑さのせいなのだろうか。
ごった返している程ではないから何となく近付いて、何となく6個入りのカップの唐揚げだけを買ってその場を後にした。
あついのに、暑いだけだろうと思っているのに楊枝でつまんだ肉の味は祭りの意義を思い出せるには十分で、ワーワーとこんな感じに人々の賑やかな声が続いてゆくのならちょっとは浮かれそうになってもいいんじゃないかと思えてくる。
背中の方で名残惜しそうに、ぴーひょろろという笛の音が響いている。一度だけ振り向いたら小学生くらいの子も同じように唐揚げを買っているのが見えた。ほんの少しだけ鮮やかに染まった世界を見ていたような気がする。
「どうしたの?考えごと?」
「いや、ちょっと去年のこと思い出してた」
「去年?」
「そう。君と出会う、ちょっと前のこと」
一年前の秋に一つの「出会い」があった。たぶん、あの日の自分が想像もしていなかったようなカタチでまるでそう定められた『運命』であるかのように、地元のマルシェで数々の猫のアクセサリーを並べて出店していた女性「瑠璃」の『笑顔』に出会った。それは自分が本当に好きなことをひたむきに続けている人に現れる太陽のような光で、なにかを失いかけていた人間にとってその世界さえ新しく作り変えてしまう一瞬だった。
『もしかして猫を飼っていらっしゃるんですか?』
『はい。うちに2匹いますよ』
最初の会話はそんな感じだった。アクセサリーはどれも素晴らしかったし、その日いくつか購入したけれど自分でも不思議なくらい出会ってしまったこの女性と何か接点を作らねばと必死で話題を探していた。幸い、昔飼っていた猫と彼女の飼い猫の名前が偶然同じ「マロン」だったことから、お互いにスマホの中の写真を見せ合ったり、
『マロンとの別れはとても悲しかったですけど、今も一緒に居るような気がするんです。ときどき夢にも出てきますし』
なんて実話を話してみたらものすごく興味を持ってくれたらしい。『瑠璃』という名前を教えてくれて、アカウントも交換できた。彼女を初めて食事に誘ったときに「なんで俺に興味持ってくれたの?」と訊ねてみたら、
『マロンちゃんがわたしに伝えてくれたの。だからなんとなく分かるの、この人はすごく優しい人だって』
と衝撃的な答えが返ってきた。まだ信じ切れてはいないが、瑠璃はそういう霊感を持っているんだそうだ。マロンの好物をピタリと当ててみせたり、夕方外に出して一緒に山の方を眺めたりするのが好きだったのだと記憶と整合性のある話をしてくれたり。その話を聞いていて思わず、嬉しさから来る涙が溢れてしまったのだが、見たら瑠璃も瞳に涙を浮かべていた。そのとき、
<ああ彼女はとても優しい人なんだな>
と心の底から実感できた。考えてみれば、そんな彼女と…彼女の飼っている猫たちに惹かれない方が無理な話である。県内の各地で行われるマルシェへの出店をサポートしたり、自分なりに手伝えることを続けていったら自然と今のような関係になった。
「あのお祭りのとき、久しぶりに世界が色付いて見えたんだ。考えてみたらマロンと一緒に眺めていた景色も本当にキラキラしていたなって」
もう一人(?)の「マロン」の額を撫でながら、あの神社でのことを瑠璃に話す。彼女は新作のアクセサリーを編むように作りながら微笑んで「そうなんだ。じゃあ、今は?」と訊ねる。
「ほんとうに、綺麗だと思う。あのとき、マロンが教えてくれたのかも知れないな」
「うふふ」
彼女はそのときちょっと不思議な笑い方をした。まるで何かを知っているかのような。季節は巡って、今週地元は祭り。自分はまた唐揚げを買ってしまうのだろうか。




