3話
「わああああああああ!!!」
守が自らの部屋に向かって数分後、2階から悲鳴めいた叫びが聞こえた。
「なにか問題がありましたかね?」
島田信幸が腰をあげる。
「いえ、大方予想はできます。桜花、一応様子見に行ってください」
「はーい」
彼女達は1階のリビングの1人がけのねずみ色のソファに島田が、向かいの同じ色の3人がけのソファに桜花とその母が向かい合って座っていた。
3人の間を挟むのは大きなガラスのテーブル。
その上には三人分のコップにお茶が注がれていた。
桜花が席を立ち、バタン。
リビングを出てトットットと階段を上る足音が少しずつ小さくなって行った。
「それではこの島の伝説についてお話します」
「お願いいたします」
ぺこりと頭を下げる島田。
「まず、鬼がこの島にやってきた。これは事実です」
「鬼は本当に存在していたんですね」
「はい、ただその鬼は筋骨隆々でいかつい顔つき。人外の存在ゆえ、この島の人々は恐れて島へ向かい入れて貰えませんでした」
静かに相槌をつく島田。
「しかし、我々の先祖、希導家だけは違いました」
「と言いますと?」
「その時は別の姓でした我々の先祖。彼らは悲しみに暮れる鬼に1つのお願いをしました」
「それは?」
ズズズ。
希導家の母はお茶を1口自身の体内へと運ぶ。
「川の流れを穏やかにして欲しい」
「川の流れ、ですか?」
「はい、山へ向かう川がありますが、水流が早く、成人男性でも腰まで届く深さで、人が渡れるところではありませんでした」
「お茶いただきます」
島田が一言断りを入れ、彼もそれを口に運ぶ。
「その川はどうやって穏やかにしたんですか?」
「川上に岩を設置したのです」
「岩、ですか?」
「人の力ではどうやっても運べない大きな岩を、鬼は軽々と持ち上げてそれで川の流れを穏やかにしたのです」
「ほぉ」
感嘆のため息をつく。
「これで川の流れ、深さは子供でも渡れるようになったのです」
「それで島民の方々は感謝したと?」
「はい、ようやく鬼はこの島の人々から迎い入れて貰えるようになったのです」
「確かガイドブックには……」
ガサゴソと島田はカバンを漁る。
そして1冊の本を取り出す。
幾つもの付箋が貼られたガイドブック。
その付箋を頼りにページを開く。
「鬼が運んだ岩。これですかね?」
「はい、まさにそれです」
「今から見物に行っても?」
「まだ午後前なので、時間に余裕がありますね。ただ私は家事がしたいので、娘にお願いします」
そう言い、彼女は階下から娘を呼ぶ。
「桜花ー。ちょっといらっしゃい」
「桜花ー。ちょっといらっしゃい」
階段の下から桜花姉の母の声が響く。
「今行くー」
部屋を出て返答する。
「せっかくだし、2人も行こっか」
「おう」
「う、うん」
パタパタパタ。
バタバタバタ。
トットット。
揃わない3人の足音。
ギィと僅かに階段の軋む音が鳴る。
「どうしたの?お母さん」
階下で待っていた母親に問う。
「監督さんをあの岩まで案内させt……あら蕾ちゃん来てたのね」
「お邪魔してます」
ペコッと頭を下げる蕾さん。
「おや、そちらのお嬢さんは先程お伺いしてませんでしたね」
「家が隣で窓から出入り出来るんです。まもりんに紹介するため来てもらいました」
「そうでしたか。どうも初めまして。私はしがないアニメ監督です」
今度は監督さんが頭を下げる。
「初めまして、咲倉蕾です」
蕾さんもそれに習う。
「初対面の方に不躾で失礼ですが、お嬢さんはこの島の伝説についてご存知ですか?」
「はい、もちろん。鬼のおとぎ話ですよね?」
「「おとぎ話?」」
桜花姉たちと違いサラッと返す。
ピクっ。
桜花親子の肩が震えた気がした。
「おとぎ話ですか、詳しく知りたいのでご一緒に件の岩までご同行できますか?」
島田さんは髭を撫でて蕾さんを誘う。
「監督さん!蕾さんはまもりんをこの島の案内するから申し訳ありませんが、あたし一人だけでお願いいたします」
「ふむ、そうですか。では桜花さん、ご案内お願いいたします」
「それではしゅっぱーつ!」
握りこぶしを天井に掲げる。真似るものは誰もいなかった。
「私靴履いて来ないと」
「蕾さん1人で大丈夫ですか?」
「う、うん。守君はこのお家の玄関で待ってて」
「了解です」
「では監督さん。あたし達は行きましょう」
「お願いいたします」
先に外へと向かう二人。
蕾さんは2階へと上がって行った。
ガチャ。
外へ出る。
日差しに思わず目を細める。
相変わらず太陽と風は暖かい。
「じゃあ、まもりんまたねー。蕾さんとデート楽しんできて!」
ぶんぶんと大仰に手を振る桜花姉。
デートという単語がちちょっとムズ痒かった。
数分後、先程のワンピース姿に加えて麦わら帽子を被った蕾さんがパタパタと小走りで走ってきた。
黒鉛色の髪がふぁさふぁさと揺れる。
「ごめんなさい、待たせてもらって」
申し訳なさそうに謝る。
「いえいえ、そんなことないです」
普通なら今来たところと返すのが定石だろうけど、元々待っていたのだから言葉に詰まってしまう。
「まずはどこを回りましょうか?」
「うーん、とりあえず名物の鬼まんじゅう食べに行きません?」
「おお、いかにもこの島っぽい」
想像したら、ちょっと空腹が感じた。
桜が咲き続ける小道を二人で並んで歩く。
「ふんふんふーん♪」
上機嫌に鼻歌を歌う彼女。
俺はそんな蕾さんの横顔を伺う。
俺の視線に気づき、はっと我に返り、何度目かの頬が赤くなる。のを隠すように麦わら帽子を深く被る。
それじゃあ、顔が隠れないが。いや、腕で隠れるか。
「ご、ごめんなさい。私浮かれてしまって」
「いえいえ綺麗だなと見惚れてもした」
「そ、そんな……お世辞でも嬉しいです」
カァ。耳まで真っ赤だ。
「いえいえ、お世話でなく本音です」
ぼんっ。
頭から沸騰した鍋のように煙が吹いたようにさらに赤くなりその場で硬直する。
うわ、この人すごく可愛い。
一目惚という言葉は嘘では無いようだ。
無条件だが、好意を抱いてくれるのは素直に嬉しかった。
無惨にも散り、コンクリートに落ちて人の足で踏みにじられた桜の花びら達。
もう既に、今まで食べたパンの枚数を覚えてないくらい足を進めていた。
「ところで女性に失礼ですが、蕾さんは何歳なんですか?」
「20歳です」
「俺より4つ年上ですね」
「ということは守君は16歳?」
「はい、そうなります。この島の高校には冬休み後に通いますが、馴染めるか不安なんですよねぇ」
「大丈夫、みんないい人たちだから」
微笑を浮かべる。
散りゆく花びらと共に浮かぶその笑みは非常に絵になる。
カメラがあったら収めたい!
「いや、蕾さん素敵だなって」
「そ、そんな……」
そして照れてまた顔が朱色になってゆく。
あ〜、やばい。好きだ。
超好きだ。
この人と付き合いたい。
「あの、蕾さん、さっきの話ですが良かったら」
「あ、着いたよ」
遮られた。
照れ隠しという訳では無い。単純に目的地に着いたことを知らせてくれた。
饅頭屋。
木製の看板には、大きく店名が記されていた。
カウンターにはふくよかな女性が店番をしていた。
「おばさん、こんにちは」
「おっ、蕾ちゃんいらっしゃい。一つどうだい?」
「一つじゃなくて2つください」
「おっ、いいねぇ。そっちの男の子は見ない顔だね。観光客かい?」
「桜花姉のいとこです」
「そうかいそうかい、希導家の」
「はい。母の仕事の都合上しばらく厄介になります」
「はっはっは!」
豪快に笑い飛ばす。
「厄介なんてそんなことないよ!この島は鬼すら迎え入れたというおとぎ話がある。だから人間1人くらい大丈夫さ!」
「それで、おばさん。鬼まんじゅうを2つください」
「そうだったね。あんことチョコとチーズ、クリームなんてものもあるがどれがいい?」
まんじゅうというか大判焼きだ。
「じゃあ、あんこで」
「私は今回はチーズで」
「あいよ!」
機材の横に既に焼きあがっていた大判焼き、もとい鬼まんじゅうを渡された。
「おお、鬼の顔だ」
そう牙を生やし、角が突き出ていて、鋭く吊り上がる眼光が描かれた鬼の大判焼き。じゃないまんじゅう。
「2個で400円ね!」
「はーい」
俺は財布を取り出す。
「待って守君、ここは私が」
蕾さんも慌てて財布を手にする。
「いや、悪いですよ」
「ううん、いいの。ここは私に任せて」
「でも……」
引き下がることはできない。
「あたいはどっちでもいいけど、ここは男の見せどころだよ、坊や」
助け舟を出すおばさん。
「じゃあやっぱり俺が……」
「うー……!」
納得いかないように睨む。
その姿もまた可愛い。
「あいよ、ありがとう」
お勘定を済ませて俺たちは、お店の横のベンチに腰掛ける。
蕾さんはまんじゅうをふたつに割る。
チーズの生臭い香りが鼻を通り、ちょっと食べたくなった。
「はい」
俺の心を察したのか、半分を差し出す蕾さん。
「せっかくだし、シェアしよ?」
「あ、はい!」
俺もまんじゅうをふたつに裂く。
あんこの甘い香りが立ち込める。
半分を蕾さんへ。
「ふふふ、ありがとう」
白いワンピースに麦わら帽子。
すごく素敵ですごく綺麗だった。




