6 団欒
目的地に着いた時にはすっかり夜になっていた。
周囲は木々に囲まれ、人っ子一人いない。
今日は二月十日、つまり真冬であるため、車を出た三人に寒風が吹きつける。
「ささっ。こちらへどーぞどーぞ」
「くるしゅうない!」
羽流と美樹は手を繋ぎ、木でできたログハウスに入っていく。
電気を付けると、温かい木目調の空間が来客を出迎えてくれる。部屋の正面には暖炉があり、美樹は素早く着火して部屋を暖めた。
「こんなとこあるんだな」
「ね。ほんと、吉凶の財力と権力だーい好き」
「どういう意味だよ……」
羽流はふかふかのソファにダイブすると、ぐっと体を伸ばす。一日中車に乗っていた上、カーチェイスも経験するなど、少女にとっては濃厚な一日だった。
「ここは数あるセーフハウスの一つなの。この業界において、安全地帯はダイヤモンドよりも価値がある。今夜はここでゆっくり休も」
「ふあ~。おれも眠くなってきた」
昂大は大きなあくびをし、ハルの横に座った。
「なあハル、無理してないか」
「えっ。だいじょうび、だいじょうびー」
にーっと笑うハルを見て、昂大は小さくため息を吐く。
「おれにはちょっと無理してるように見えるぞ」
「……そーかも、しれぬ」
ハルはぐったりと昂大の方に体を傾けた。
「しょーじきさ、怖かった」
「だよな。それは悪かった」
「こーだいが謝ることじゃないぞ」
「いや、お前が危ない目に遭う理由にはならねえだろ」
お疲れの二人の前に、温かいココアが置かれる。二人の表情がふわっと綻ぶ。
「お腹空いたでしょ。ざっと夜ご飯用意するから待ってな」
美樹はキッチンの方へ移動する。
二人の腹の虫がほぼ同時に鳴り、顔を見合わせて笑った。
「明日に備えて休もうぜ。飯食って寝ろ」
「おっす。こーだいもな」
「おう」
ココアを飲み、ぐったりと天井を見上げた昂大の意識は、ふわふわとしてくる。
「……ねえこーだい。お母さん助けられるよね?」
「……当たり前だろ」
「お母さんさ、びょーきになってもずっと笑ってたの。いつもハルの心配してくれてさ、ハルのワガママ聞いてくれて」
「うん」
「でも倒れちゃった……お医者さんが、手術できなかったら死んじゃうって言ったの、聞いてたんだ。でも叔父さん、それをお母さんに伝えなかった。伝えないどころか薬で治るって言って、お母さんどんどん悪くなっていったの。だからハル、お母さんに本当のこと言って、お金用意するって約束した。そしたらお母さん、ちょっとびっくりしたあと、泣いちゃったの。それで、鍵をくれた」
ハルは首から下げていた小さな鍵を握りしめる。
「悔しいよ……ハルが治してあげられたらって……こんなことにはならなかったのに。だからハルの夢はお医者さんになることなんだ。絶対なる。ぜーったいに」
――――――夢。
羽流の語った夢の話に、過去の光景が蘇ってきた。
羽流くらいの年の頃、自分もよく口にしていた夢があったような気がした。
それは、羽流よりもずっとちっぽけな夢だったような気がする。
昂大は羽流の頭に手を置いた。
「お前はすげえよ。きっとその夢は叶う」
「ほんと?」
「ああ。お前なら大丈夫だ」
昂大は、温かいココアを飲み干すと、小さく話し始める。
「おれもお前くらいのころにさ、夢があった」
「どんな夢?」
「……多分、プロ野球選手になるって夢。なんで抱いたのか、あんまり覚えてないけど」
「わからないの?」
昂大はカップを見つめたまま目を細める。
「誰かに……褒められたからだと思う」
それだけ言うと、昂大は押し黙った。
そんな様子を見たハルは、幼心で何かを察したのか、昂大の背中を叩く。
「痛って」
その時昂大は、ハルの姿が、友の純也と重なって見えた。
いつか、同じ話を純也にしたことがあった。誰かに褒められたから叶えたいと思った夢があると言った昂大を、純也は認めた上で笑った。
――――――違う。夢は誰かのために叶えるもんじゃねえだろ。夢は、自分のために叶えるもんだ。自分のために叶えた時、それが誰かのためになる。そんな夢なら、きっと叶えられるんじゃねえか?
ふと、昂大の目じりが熱くなる。
羽流は首にかけていた小さな鍵を、昂大に差し出した。
「ゆーしゃよ。これは、ハルの命よりも大切な鍵だ。受け取りなさい」
「それは……お前の大切なもんだろ。受け取れねえよ」
「……ううん。持っててほしいの。叔父さんはハルが持ってるって思ってるから、ハルを攫いたいんだと思う。だから持ってて」
羽流は真剣なまなざしで昂大を見る。その気迫に、差し出された右手を返すことができなかった。
「こーだいはさ、ハルの夢を応援してくれた。それに多分、ハルは足手まといになる。でししょ?」
「……」
昂大は羽流の言ったことを否定できなかった。吉凶では、依頼者を守ることは何よりも優先される。
ためらいながらも、渋々鍵を受け取った。ハルと同じように首から下げると、ハイネックのインナーの下に隠すことにする。
「……こーだいだから、任せてもいいかなって思ったの」
「えっ」
ハルはぺろっと舌を出すと、「何でもない!」と突っぱねた。
「何だよそれ」
苦笑いする昂大を尻目に、ハルは楽しそうに笑った。
「ありがとな、こーだい」
「礼を言うのは早いだろ。お前の母さんを助けてからだ」
そう話していると、机に大量のレトルト食品や冷凍食品が置かれた。
「おまたへ~。ごめんちょ、ここ、こんなもんしか置いてないの」
「やったー! ぎょーざとからあげだ!!」
「腹減ってるし、何でもいい」
片っぱしから頬張る二人を眺め、美樹は缶ビールを開ける。
「じゃあ乾杯しましょうか。今日の勝利と、明日の完全勝利に」
「おっす!!」
「……そうだな」
グラスに注がれたコーラとビールが、互いに乾いた音を響かせる。
「「「乾杯」」」




