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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
1章 株式会社吉凶へようこそ
8/12

6 団欒


 目的地に着いた時にはすっかり夜になっていた。

 周囲は木々に囲まれ、人っ子一人いない。

 今日は二月十日、つまり真冬であるため、車を出た三人に寒風が吹きつける。


「ささっ。こちらへどーぞどーぞ」

「くるしゅうない!」


 羽流と美樹は手を繋ぎ、木でできたログハウスに入っていく。

 電気を付けると、温かい木目調の空間が来客を出迎えてくれる。部屋の正面には暖炉があり、美樹は素早く着火して部屋を暖めた。


「こんなとこあるんだな」

「ね。ほんと、吉凶の財力と権力だーい好き」

「どういう意味だよ……」


 羽流はふかふかのソファにダイブすると、ぐっと体を伸ばす。一日中車に乗っていた上、カーチェイスも経験するなど、少女にとっては濃厚な一日だった。


「ここは数あるセーフハウスの一つなの。この業界において、安全地帯はダイヤモンドよりも価値がある。今夜はここでゆっくり休も」

「ふあ~。おれも眠くなってきた」


 昂大は大きなあくびをし、ハルの横に座った。


「なあハル、無理してないか」

「えっ。だいじょうび、だいじょうびー」


 にーっと笑うハルを見て、昂大は小さくため息を吐く。


「おれにはちょっと無理してるように見えるぞ」

「……そーかも、しれぬ」


 ハルはぐったりと昂大の方に体を傾けた。


「しょーじきさ、怖かった」

「だよな。それは悪かった」

「こーだいが謝ることじゃないぞ」

「いや、お前が危ない目に遭う理由にはならねえだろ」


 お疲れの二人の前に、温かいココアが置かれる。二人の表情がふわっと綻ぶ。


「お腹空いたでしょ。ざっと夜ご飯用意するから待ってな」


 美樹はキッチンの方へ移動する。

 二人の腹の虫がほぼ同時に鳴り、顔を見合わせて笑った。


「明日に備えて休もうぜ。飯食って寝ろ」

「おっす。こーだいもな」

「おう」


 ココアを飲み、ぐったりと天井を見上げた昂大の意識は、ふわふわとしてくる。


「……ねえこーだい。お母さん助けられるよね?」

「……当たり前だろ」

「お母さんさ、びょーきになってもずっと笑ってたの。いつもハルの心配してくれてさ、ハルのワガママ聞いてくれて」

「うん」

「でも倒れちゃった……お医者さんが、手術できなかったら死んじゃうって言ったの、聞いてたんだ。でも叔父さん、それをお母さんに伝えなかった。伝えないどころか薬で治るって言って、お母さんどんどん悪くなっていったの。だからハル、お母さんに本当のこと言って、お金用意するって約束した。そしたらお母さん、ちょっとびっくりしたあと、泣いちゃったの。それで、()をくれた」


 ハルは首から下げていた小さな鍵を握りしめる。


「悔しいよ……ハルが治してあげられたらって……こんなことにはならなかったのに。だからハルの()はお医者さんになることなんだ。絶対なる。ぜーったいに」


 ――――――

 羽流の語った夢の話に、過去の光景が蘇ってきた。

 羽流くらいの年の頃、自分もよく口にしていた夢があったような気がした。

 それは、羽流よりもずっとちっぽけな夢だったような気がする。


 昂大は羽流の頭に手を置いた。


「お前はすげえよ。きっとその夢は叶う」

「ほんと?」

「ああ。お前なら大丈夫だ」


 昂大は、温かいココアを飲み干すと、小さく話し始める。


「おれもお前くらいのころにさ、夢があった」

「どんな夢?」

「……多分、プロ野球選手になるって夢。なんで抱いたのか、あんまり覚えてないけど」

「わからないの?」


 昂大はカップを見つめたまま目を細める。


「誰かに……褒められたからだと思う」


 それだけ言うと、昂大は押し黙った。

 そんな様子を見たハルは、幼心で何かを察したのか、昂大の背中を叩く。


「痛って」


 その時昂大は、ハルの姿が、友の純也と重なって見えた。

 いつか、同じ話を純也にしたことがあった。誰かに褒められたから叶えたいと思った夢があると言った昂大を、純也は認めた上で笑った。


 ――――――違う。夢は誰かのために叶えるもんじゃねえだろ。夢は、自分のために叶えるもんだ。自分のために叶えた時、それが誰かのためになる。そんな夢なら、きっと叶えられるんじゃねえか?


 ふと、昂大の目じりが熱くなる。

 羽流は首にかけていた小さな鍵を、昂大に差し出した。


「ゆーしゃよ。これは、ハルの命よりも大切な鍵だ。受け取りなさい」

「それは……お前の大切なもんだろ。受け取れねえよ」

「……ううん。持っててほしいの。叔父さんはハルが持ってるって思ってるから、ハルを攫いたいんだと思う。だから持ってて」


 羽流は真剣なまなざしで昂大を見る。その気迫に、差し出された右手を返すことができなかった。


「こーだいはさ、ハルの夢を応援してくれた。それに多分、ハルは足手まといになる。でししょ?」

「……」


 昂大は羽流の言ったことを否定できなかった。吉凶では、依頼者を守ることは何よりも優先される。

 ためらいながらも、渋々鍵を受け取った。ハルと同じように首から下げると、ハイネックのインナーの下に隠すことにする。


「……こーだいだから、任せてもいいかなって思ったの」

「えっ」


 ハルはぺろっと舌を出すと、「何でもない!」と突っぱねた。


「何だよそれ」


 苦笑いする昂大を尻目に、ハルは楽しそうに笑った。


「ありがとな、こーだい」

「礼を言うのは早いだろ。お前の母さんを助けてからだ」


 そう話していると、机に大量のレトルト食品や冷凍食品が置かれた。


「おまたへ~。ごめんちょ、ここ、こんなもんしか置いてないの」

「やったー! ぎょーざとからあげだ!!」

「腹減ってるし、何でもいい」


 片っぱしから頬張る二人を眺め、美樹は缶ビールを開ける。


「じゃあ乾杯しましょうか。今日の勝利と、明日の完全勝利に」

「おっす!!」

「……そうだな」


 グラスに注がれたコーラとビールが、互いに乾いた音を響かせる。


「「「乾杯」」」


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