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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
1章 株式会社吉凶へようこそ
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3 小さなお客人


 株式会社吉凶(きっきょう)は、夜都(やと)町という治安の悪い街に本社を構えている。

 事業内容は、一応労働者派遣業となっている。裏社会に生きる様々なプロフェッショナルたちが登録され、仕事を斡旋してもらう代わりに、身分と生活を保証される―――そんなウィンウィンな関係性で成り立つ吉凶は、裏社会で知らぬ者はいない組織である。

 暗殺、盗み、ボディガードに情報収集―――様々な仕事を請け負うが、請け負う仕事には必ず〈裏正義〉を成すことが条件となる。


 〈裏正義〉とは即ち、弱き者に寄り添い、助け、晴らせぬ恨みを晴らすこと。


 闇に生きる者が、矜持を語るなど笑止千万――――――そう言われることも多いが、それでも社長の万屋は、このモットーを貫き通していた。


「ふあ~暇ね……」


 本社である、おんぼろ五階建てオフィスビルの一階は、受付になっている。たまに武装した集団や、吉凶に恨みのある者、道場破りのような客も来たりするので、所属しているエージェントが交代で見張りに就くことになっていた。


 今日の当番は、長身の美女だった。


 彼女は、吉凶設立時から所属している凄腕のスナイパーで、名を浅井美樹(あざいみき)といった。少し癖のある茶色の長髪を靡かせ、黒いジャケットを羽織っている。ジャケットの胸に刺していたサングラスを取ると、くるくる回して頭に乗せ、退屈そうに天井を見上げた。


「ひまー。ケーキ食べたーい」


 見張り当番は、朝から晩までずっと待機していることもある。

 すると、コンビニに使用されているポップな開閉音と共に、自動扉が開く――――――。


「おっ。いらっしゃいませー。株式会社吉凶でーっす」


 形式的なことを言いつつも、手は傍に置いてあるライフルバックに伸びていた。


「こ、こんちは!!」


 臨戦態勢を取る美樹は、小さな少女を見て目を丸くする。

 白い襟付きのシャツを着た、ショートカットの少女は、いきなりガッツポーズを取った。


「おお、元気な子ねー」

「お、おっす! きっきょ? ってここで合ってますか?」

「合ってるよ。どっから来たの?」

「えっと……とうきょーのほうから?」

「一人で? すごいねー、何歳?」


 美樹はカウンターから身を乗り出し、少女に微笑みかける。


「えへへ。六歳で、一人でここまで来れたから、それほどでもあります」

「何しに来たの?」

「ここなら、強い人? に守ってもらえるって、お母さんから聞いて!」


 美樹は頷きつつも、少女をじっくりと観察する。

 綺麗で育ちの良さそうな服を着ていたが、シャツの裾など、ところどころに泥が付着し、破れているところもある。

 それに、吉凶の存在を知る者は限られている。裏社会に深く関わりがあるとみるのが自然だ。


「お母さんがここに来るように言ったの?」

「……うん。その、困ってて、お願いがあって」


 言いにくそうに目を背ける少女は、しきりに背後を気にしていた。それを見た美樹は、明るく笑ってカウンターから出る。


「OK! なら、ゆっくりと内容を聞くわ。座って座って~」


 少女は、ぱあっと明るく笑い、美樹に促されてソファに座る。

 すると偶然、二階から眠そうに目を擦る昂大が降りてきた。


「おっ。いいところに来た」


 美樹はニヤリと笑うと、昂大のパーカーのフードを掴んでソファに座らせる。


「なんだよ……ねみいんだけど」

「ここに、小さな相談者が来てくれました」

「おっす! 来てやったりしたぞ!」

「お、おう……すげえ偉そうな相談者だな」

「んで、このにいちゃんは誰?」


 目を細めて少女を睨む昂大に、美樹は耳打ちする。


「多分この子、訳ありだと思う」

「訳ありって?」

「とにかく話を聞いてあげよ」

「今日のおれの仕事じゃ……」


 嫌がる昂大を遮ると、美樹が少女の隣に座る。


「はいはい。では最初から詳しく話してくれるかなお嬢さん」

「おっす!」

「返事はおっすなんだな」


 少女は、ぽつぽつと事情を話し始める。


「えっと、私、遠江羽流(とおとうみはる)! 東京の方から来てやったりしたんだけど。その、狙われてて困ってるっていうか……危ない連中に狙われてるの! だから、守って欲しい……みたいな?」

「うんうん。なんで狙われてるの?」

「私が大事なお宝を取り出そうとしてるから」

「お宝!? 何それ何それ!」


 宝という言葉に、美樹は瞳を輝かせた。


「お母さんね、遠江家の跡取り? っていうらしくて、家のお金とかを持ってるらしいんだけど、親戚の叔父さんが、それを狙ってて」

「ほうほう。なんとなく見えてきたね」

「渡せって襲ってきたの。怖かった。大勢の怖い人連れてきて……お母さん、病気なの。入院してて。治すのにお金がいるから、私がお宝を取り出さないといけないのに」


 羽流は目に涙を浮かべ、シャツの裾をぎゅっと握りしめる。


「早くしないと、お母さん死んじゃう! 叔父さんが、お母さんに()の在処を聞いてて……だから、お母さんが私に託してくれたの。それで、きっきょに行けって」


 羽流は首から下げていた小さな鍵を二人に見せる。

 美樹は腕を組んで唸りながら、昂大を一瞥する。


 羽流は涙を流している。それを見た昂大は、こくりと頷いた。


「酷い奴ね、その叔父ってのは」

「なあ、お前の母さんは、どこにいるんだ?」

「とーきょうにあるおうちだよ。そこでずっと、叔父さんに質問されてた。手術しないといけないのに、お金を渡してくれなくて……だから悪くなってて、それで早くしないといけないの……」


 羽流は拳を握りしめ、二人に迫る。


「きっきょはすごく強いんでしょ? だから、ハルを守って! お金は……今はないけど、お宝をちょっとだけあげる! だからお願い!」


 それを聞いた昂大は即答する。


「いらね。財宝とか興味ねえし」

「えっ……」

「財宝は母さんの手術代なんだろ? 案内してくれよ。早く行こうぜ」


 美樹は昂大の肩に腕を回し、がっしりとホールドする。

 急に距離を詰められ、美樹の良い匂いが鼻孔を刺激するので、顔が真っ赤になる。


「な、何すんだよ!」

「さっすがぁ。昂大君は頼りになるわ~」

「う、うっせえな! 離せ!」


 昂大は真っ赤な顔で美樹を突き放し、カウンターの方へ逃げる。


「そうと決まればお宝探検隊の出動ね! 気合入るわ~」

「お宝目当てじゃねえんだけど」

「おねーさんにも、あげる! 財宝ざくざく!」

「やった~! ざっくざく~!!」


 波長の合った少女と美女は、謎の踊りを踊り始める。


「でも、万屋さんに指示してもらわなきゃ……」

「その必要はない」


 見ると、二階から万屋が降りてきていた。話をかいつまんで聞いていたようで、三人に向けてきっぱりと宣言する。


「この小さな依頼者の依頼は、二人に任せる。頼んだぞ」

「は、はい!」

「やったぁ! これで受付から解放される!」


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