2 殺すこと
「ありがとうございました……ありがとうございました……」
翌日、株式会社〈吉凶〉のオフィスにやってきた依頼者が、涙を流して万屋と昂大に礼を言った。
彼は、大内元国土交通大臣が関わった不正談合について、通報を試みた元職員だった。
寸前のところで関係者にバレてしまい、家族もろとも報復を受けた。ありもしない罪を着せられ懲戒免職となり、仕事にも就けず、家族は噂の被害を受けて引っ越しを余儀なくされた。その結果、妻が子どもと無理心中を図ることとなる。
そんな絶望的な状況下で、大内はのうのうと権力の座に居座り続けていた。
吉凶は彼の絶望、晴らせぬ恨みを聞き入れ、希望通りに大内を貶めた。彼と同じように噂を流して失脚させ、吉凶に依頼させるように誘導し、その場で裁く――――――ここまでの流れはすべて計算されていたのだ。
「君も、本当にありがとう……君が殺してくれたんだよね?」
依頼者は昂大の手を取って頭を下げた。
「……」
しかし昂大は、その感謝を素直に受け入れられなかった。目を背け、早々に部屋を出てしまう。
――――――殺した。
弱者のために、悪を殺す。それが自分のやるべきことだ。
万屋の指示であれば、誰だって殺す。ずっと、そうしてきた。
これまでも、これからも、ずっと――――――。
(そうだ。おれは、人殺しなんだ。ヒーローじゃない)
命を奪うことしか、自分にはできない。
自分を守って死んだ、友のようにはなれない。
昂大の脳裏に、手から零れ落ちて行く友のぬくもりが思い起こされた。
人を殺すことはできても、誰も守れない。
大切な友が、昂大の手の中で死んだ。
(おれが、死ぬべきだったのに)
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「純也のことをまだ引き摺っているのか」
「え……」
万屋は、吉凶のオフィスにあるふかふかのソファでぐったりしていた昂大に問いかけた。
体を起こし、わかりやすく目を泳がせたのを見て確信する。
半年前、裏社会に名を轟かせる巨大犯罪組織、〈星征会〉の傘下組織を粛正する仕事を行った際、昂大の友人であった斎藤純也が死んだ。
一般人を庇って傷を負った昂大を守るために、敵の凶弾に倒れた。
昂大は自分の行動の結果、友人が死んだことを深く後悔し続けている。
「我々の仕事は人の死に深く関わっている。それは解っているな」
「……はい」
「お前も、私も、いつ死ぬかわからない」
「……それでも、純也はあそこで死ぬ必要なんてなかったんです。おれを庇う必要なんて……」
万屋は昂大の顔を直視し、腕を組んだ。
「ならばお前は、純也のしたことが間違いだったと、そう言いたいのか?」
「……間違い」
「そうだ。お前を庇って撃たれたのは、お前を助けるための判断だった。お前は純也の選択を否定するのか」
「ち、違う!」
「違うのならば、お前が今考えるべきことは何だ」
万屋はデスクに置きっぱなしにしてあった封筒を昂大に手渡す。封筒の中身は、私立新田川高等学校の入学案内書だった。
「何ですかこれ……」
「お前には長期任務を兼ねた三年間の通学を命じる」
「通学って……高校に行けってことですか?」
「そうだ。最近できた私立高校で、偏差値は中の上くらいだ。特進クラスは毎年国立大学以上を三十名近く輩出している。部活動も盛んで、野球部は去年の夏、県大会ベスト8だそうだ。甲子園に出られるかはわからないが、チャレンジするには良い環境だと思うが、どうだ?」
「……」
昂大は眉を顰める。眺めていた入学案内を机に投げ、首を横に振った。
「おれに……そんな資格はないです」
「そうか」
万屋がぼそりと吐き出した時、ジャケットの懐に入れていたスマホが鳴る。
「失礼」
万屋は着信者を確認し、オフィスを出て行く。独り残された昂大は、再びソファに寝ころんだ。
ごろりと寝返りを打った視線の先に、入学案内が映る。
(野球……)
昂大は、脳裏にこびりついた入学案内をかき消すように、ぎゅっと目を瞑った。




