1 モットーは裏正義
「お願いします……! どうか、どうか奴らを!!」
時折明滅する裸電球の下で、大きなアタッシュケースが開かれた。
その持ち主である、目を赤く腫らした小太りの男は、政界を追われた元政治家だった。高級オーダーメイドスーツを皺だらけにし、泣きわめく姿を見て、万屋暁爾は目を細める。
「大内さん。失礼ですが、そのお金はどちらからお持ちで?」
静かに吐き出された万屋の声は、僅かな怒気を帯びていた。しかし、大内は気にするそぶりもなく宣言する。
「一億だ! 一億あります……どうかこれで!」
「私がお尋ねしているのは、そのお金の出どころです」
「そ、それは当然私の金です! やましいことなど何も……」
「では、そちらの資金で再び出馬されたらよろしいかと」
万屋は優雅に組んでいた足を下ろし、椅子から立ち上がる。
深緑色のジャケットを正すと、入り口に立っている護衛の少年に目配せする。
少年は黒いフードを被り、野球ボールのお面で顔を隠していた。少年がこくりと頷くと、万屋は部屋を出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
大内は慌てて万屋の腕を掴む。
「なぜです!? 金が足りないなら増やす! 一億五千万! いいや、二億でどうだ!」
万屋は大内の腕を払い、白い手袋をはめた手でアタッシュケースを閉めた。
「そういうことではありません。お引き取りを」
「な、なぜだ!! 私は藁にも縋る思いであんたたち吉凶を探し当てた。渡りをつけるのに、いくらかかったと思っている!」
「そうですか。ですが、私共の元へいらっしゃる方は皆、晴らせぬ思いのはけ口、最後の砦としていらっしゃいます」
「なら私だって!」
「いいえ、貴方はまるで違う。私共のモットーは〈裏正義〉を成すこと。つまり、殺しに意義がなくてはならない。立場の危うい弱者の依頼でなければお受けしません。晴らせぬ恨みを抱えた方のため、悪を以って悪を征すことが、私共の使命です。大内さん、貴方のご依頼内容は、我々の信念に反する」
毅然と言い放った万屋は、部屋に立てかけてあった大鏡を見て、身だしなみを整えた。ジャケットの下のウエストコートを少し右に上げると、首元の白いクラバットを整える。
「私は根も葉もない噂で失脚させられたのだ! 印象操作を受けた被害者なのだぞ!」
「それは違います」
万屋に殴りかからんばかりに詰め寄った大内を、控えていたフードの少年が止める。腕を掴み、ぐるりと回すと後ろ手に拘束する。
「な、何をする! いたた……」
「私共の調査によりますと、貴方は国土交通大臣時代、複数回汚職に手を染めていますね。確かな証拠があります。先日の選挙で正しい政治家が選ばれたのは至極当然の結果かと」
「調査だと!? なぜそのようなことを……」
大内の顔に、汚職の証拠資料が突きつけられた。それを見た大内は閉口し、冷や汗をダラダラとかき始める。
「それは大内さん。貴方に人生を破壊された方がいるからですよ」
万屋は大内を見下すように睨みつけた。
「やれ」
その声が合図となり、大内の背後で静かな殺気が迸る。
フードの少年は、瞬く間に大内の首をへし折った。
ごき、という骨が折れる音で、大内の太った体が床に落ちる。
万屋は涎が垂れた醜い顔で絶命する大内の前に跪くと、ポケットチーフで涎を拭った。
「……万屋さん、後始末はどうしますか?」
「問題ない。ちゃんと呼んである。我々は帰るぞ、昂大」
部屋を出た二人と入れ違うように、清掃業者の恰好をした者たちが現れる。
万屋はジャケットの内ポケットから金色のカードを取り出すと、業者のリーダー格に渡す。
外は明かりのない暗闇だった。見上げれば星々が輝いている。
ここは、使われなくなった街の廃棄区画で、再開発まで立ち入り禁止となっている場所だった。建物を出た二人は、路肩に停めていた黒色の高級車に乗り込んだ。
フードの少年は、鬱陶しそうにお面とフードを脱いだ。黒髪ベリーショートの、薄青色の目の少年―――目鼻立ちはくっきりしているが、少したれた瞳と丸めの顔が幼さを醸し出している。
万屋の運転する車は、廃棄区画を出て行く。
窓から廃墟を見つめた少年は、漏れ出すため息を抑えられなかった。




