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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
1章 株式会社吉凶へようこそ
3/5

1 モットーは裏正義


「お願いします……! どうか、どうか奴らを!!」


 時折明滅する裸電球の下で、大きなアタッシュケースが開かれた。

 その持ち主である、目を赤く腫らした小太りの男は、政界を追われた元政治家だった。高級オーダーメイドスーツを皺だらけにし、泣きわめく姿を見て、万屋暁爾(よろずやきょうじ)は目を細める。


「大内さん。失礼ですが、そのお金はどちらからお持ちで?」


 静かに吐き出された万屋の声は、僅かな怒気を帯びていた。しかし、大内は気にするそぶりもなく宣言する。


「一億だ! 一億あります……どうかこれで!」

「私がお尋ねしているのは、そのお金の出どころです」

「そ、それは当然私の金です! やましいことなど何も……」

「では、そちらの資金で再び出馬されたらよろしいかと」


 万屋は優雅に組んでいた足を下ろし、椅子から立ち上がる。

 深緑色のジャケットを正すと、入り口に立っている護衛の少年に目配せする。

 少年は黒いフードを被り、野球ボールのお面で顔を隠していた。少年がこくりと頷くと、万屋は部屋を出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 大内は慌てて万屋の腕を掴む。


「なぜです!? 金が足りないなら増やす! 一億五千万! いいや、二億でどうだ!」


 万屋は大内の腕を払い、白い手袋をはめた手でアタッシュケースを閉めた。


「そういうことではありません。お引き取りを」

「な、なぜだ!! 私は藁にも縋る思いであんたたち吉凶(きっきょう)を探し当てた。渡りをつけるのに、いくらかかったと思っている!」

「そうですか。ですが、私共の元へいらっしゃる方は皆、晴らせぬ思いのはけ口、最後の砦としていらっしゃいます」

「なら私だって!」

「いいえ、貴方はまるで違う。私共のモットーは〈裏正義〉を成すこと。つまり、殺しに意義がなくてはならない。立場の危うい弱者の依頼でなければお受けしません。晴らせぬ恨みを抱えた方のため、悪を以って悪を征すことが、私共の使命です。大内さん、貴方のご依頼内容は、我々の信念に反する(・・・・・・)


 毅然と言い放った万屋は、部屋に立てかけてあった大鏡を見て、身だしなみを整えた。ジャケットの下のウエストコートを少し右に上げると、首元の白いクラバットを整える。


「私は根も葉もない噂で失脚させられたのだ! 印象操作を受けた被害者なのだぞ!」

「それは違います」


 万屋に殴りかからんばかりに詰め寄った大内を、控えていたフードの少年が止める。腕を掴み、ぐるりと回すと後ろ手に拘束する。


「な、何をする! いたた……」

「私共の調査によりますと、貴方は国土交通大臣時代、複数回汚職に手を染めていますね。確かな証拠があります。先日の選挙で正しい政治家が選ばれたのは至極当然の結果かと」

「調査だと!? なぜそのようなことを……」


 大内の顔に、汚職の証拠資料が突きつけられた。それを見た大内は閉口し、冷や汗をダラダラとかき始める。


「それは大内さん。貴方に人生を破壊された方がいるからですよ」


 万屋は大内を見下すように睨みつけた。


「やれ」


 その声が合図となり、大内の背後で静かな殺気が迸る。

 フードの少年は、瞬く間に大内の首をへし折った。

 ごき、という骨が折れる音で、大内の太った体が床に落ちる。


 万屋は涎が垂れた醜い顔で絶命する大内の前に跪くと、ポケットチーフで涎を拭った。


「……万屋さん、後始末はどうしますか?」

「問題ない。ちゃんと呼んである。我々は帰るぞ、昂大(こうだい)


 部屋を出た二人と入れ違うように、清掃業者の恰好をした者たちが現れる。

 万屋はジャケットの内ポケットから金色のカードを取り出すと、業者のリーダー格に渡す。


 外は明かりのない暗闇だった。見上げれば星々が輝いている。

 ここは、使われなくなった街の廃棄区画で、再開発まで立ち入り禁止となっている場所だった。建物を出た二人は、路肩に停めていた黒色の高級車に乗り込んだ。


 フードの少年は、鬱陶しそうにお面とフードを脱いだ。黒髪ベリーショートの、薄青色の目の少年―――目鼻立ちはくっきりしているが、少したれた瞳と丸めの顔が幼さを醸し出している。


 万屋の運転する車は、廃棄区画を出て行く。

 窓から廃墟を見つめた少年は、漏れ出すため息を抑えられなかった。


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