8 本当の狙い
昂大と美樹を見送った羽流は、高台から〈OOEYAMA〉を見ていた。
危険であることはわかっていたが、それを承知で向かった二人が、心配でならない。
羽流は首から下げていた鍵のあった位置を、無意識のうちに触っていた。
――――――昨晩、昂大に預けたことはきっと正しい。
叔父は自分ではなく、鍵を狙っているのだ。
だからこそ、二人が母を救うための財宝を持ってきてくれる。
そんなことを考えていると、不意に背後から声がした。
「まったく、こんなところまで逃げるなんて悪い子だね、ハルちゃんは」
「!!」
羽流はその澄んだ声に、体をびくつかせる。
振り返ると、上等な縦縞模様の入ったスーツに身を包んだ若い男が立っていた。
周囲には同じく、スーツ姿の男たちが構えている。
この男が遠江家の婿養子、遠江佳彦だった。
非常に容姿端麗で、その笑顔は見る者を安心させる。声色も澄んでおり、聞く者を虜にする。
だがその心の内には、手段を選ばずに富と権力を狙う、恐ろしい狡猾さが潜んでいた。
佳彦は柔和な笑みを張り付けたまま、羽流に近づいていく。
「それにしても驚いたよ。駅から逃げおおせるなんてさ。それにまさか、吉凶に頼むなんて」
佳彦は羽流の髪に触れる。羽流は思わず体を硬直させた。
「さあ。叔父さんと行こう。お母さんも待っているよ」
「いやっ!」
羽流は佳彦の手を払いのける。それを見た護衛の男たちが駆け寄ろうとすると、佳彦が首を振って止めた。
「ねえ、どうして? どうしてお前たちは、僕の言うことを聞いてくれないのかな」
佳彦は羽流の腕を強い力で掴んだ。
「痛っ!」
「ハルちゃん。叔父さんと行こう。ね?」
佳彦はそう言って、笑顔のままハルの頬をぶった。
痛みがジーンと、ハルの頬全体に響く。
「言うこと、聞いてくれるよね?」
佳彦は震える羽流を、護衛の男たちに引き渡した。そして羽流と目線を合わせ、優し気に説明する。
「ハルちゃん。君のお母さんの目的はね、君を吉凶に保護させることだったんだ。財産を手に入れる権利があるのは、君だけなんだ。真の金庫を開けるためにはね、君の網膜認証がいるんだよ」
佳彦は羽流の頬に人差し指の背で触れる。
「ありがとう。吉凶に、ダミーの鍵を渡してくれて。やっぱり君は、いい子だね」
羽流はそれを聞いて呼吸が止まりそうになった。
母は確かに、ハルの安全を強く願っていた。だからこそ、吉凶を頼れと。
――――――足手まといになりたくなかった。
しかし羽流は、自分の身が狙われているなどと一切思わず、大切だと思っていた鍵を渡してしまった。それは、佳彦の思うつぼだったのだ。
「うっ……うっ……ハル、の、せいだ……」
「君のおかげで、僕は財産を手にする。でも君は自分を責めないで? 財産は正しい者が手にするだけなんだ。君は何も悪くない」
羽流は屈強な男に掴まれたまま大粒の涙を流す。
佳彦は男たちに合図をし、颯爽と車に乗り込むと、その場を後にする。
冷たい冬の風が、高台に吹きすさぶ――――――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「しまった……これは私の過失ね」
ハルが攫われてからしばらく経ったころ、昂大と美樹は高台に戻って来た。
〈OOEYAMA〉の入り口で襲ってきた男たちを撃退するのは簡単だった。しかし、時間稼ぎには十分だったのだ。
美樹は木にもたれかかると、煙草に火をつける。
「クソっ……どういうことだよ」
昂大は拳を木に打ち付けた。
ハルを守れなかった悔しさが押し寄せ、この状況に対する苛立ちが募る。
「多分、ハルちゃんのお母さんの目的は、ハルちゃんを吉凶に送ることそのものだったんじゃないかな」
「送る?」
「うん。保護してもらうこと自体が目的だった。ここからは私の憶測だけど、ここに財宝がなかったってことは、当然本当の隠し場所があるじゃない? じゃあなんでダミーの存在をハルちゃんに伝えなかったのかって思って」
「じゃあ……おれが昨日、鍵を受け取ってしまったのって……」
昂大は羽流に託された鍵を、服の上から握りしめる。
「そこを責めても仕方がない。事実、ハルちゃんはおそらく叔父に攫われた。なぜか」
「それは……人質とか?」
「それもあると思う。人質に取ってお母さんから真の隠し場所を聞き出そうとしているのかもしれない」
「じゃあ早く助けに……!」
美樹は地面に吸い殻を落とすと、力強く踏みつけた。
「大丈夫。ちゃんと保険は用意してあるから」
美樹はそう言って、ジャケットの懐から小型受信機を取り出した。
「羽流ちゃんの靴に、今朝小型のGPSを取り付けておいたの。これで跡を追える」
美樹はにっこり笑ってウインクすると、高台に停めてあった車に向かう。
それを見た昂大は、安堵の息を漏らすも、どこか浮かない表情だった。
「どうしたの?」
「いや……おれ、あんまし役に立ってないなって」
そう零した昂大を、美樹は豪快に笑い飛ばす。
「私はそういうことが得意な美女。ただじゃ転ばないし、失敗もすぐにリカバーする失敗しない美女よ」
美樹は昂大の頬をぎゅうっ、と突く。
「貴方の得意なことは何?」
「……なんだよおれの得意なことって」
「貴方にはできて、私にはできないことがあるでしょ。さっさと行くよ、拗ねじの昂ちゃん?」
「うるせえ! 拗ねてねえし!」
昂大の落ち込みは途端に消え、勢いよく車に乗り込んでいく。
「さあ、全速力で行くよ……!!」




