6小籠包
「それで、足りないところ埋まりますか?」
「埋まるときもあれば埋まらないときもあるので…だから、イライラしたりむしゃくしゃしたり…でも…」
「でも?」
「おいしいって言われるの嬉しいから、それで結構埋まります。
「美味しい、ですか?」
「単純でしょ?」
えへへと照れるアンズに男はフルフルと首を横に振った。
「いいえ…貴方らしくていいと思います。だって、貴方の作る料理はおいしいから」
「だったら、食べに来てくださいよ、また。2回分の先払いだって残っているんですから!」
アンズは人差し指と中指を男に突きつける。
「…自分は酒に逃げて…どうしようもないですね…」
「そんなこと…ないとは言えなくて…うーん…」
男が悩むアンズを見て苦笑した。
今日で会って3回目。
彼はアンズが定食屋の娘だと知っている一方で、アンズは彼の素性も名前も何も知らない。
だけど、ご飯を食べに来てと繰り返し、酒に逃げる彼の言葉を否定しきれない。
「でも、この前賄いを食べた日、酒を飲みに行かなかったんです。その次も、その次も…」
男は何かをさらけ出すように言葉を紡いだ。
「今日まで、一滴も酒を飲まなかった…凄く清々しくて、それと同時に自分がちっぽけに思えて…」
そうは言うものの、彼の表情はなぜか清々しかった。
「今日あなたに会えてよかった。じゃなければ、また酒を飲んでたと思う…饅頭美味かったです。今度店に行きます」
「はい、待ってます!」
アンズが嬉しそうに言えば、彼ははにかんだように笑った。
「…あ!もしよければ、今日うちの店で出してる饅頭も食べません?おいしいんですけど」
「…はい…行きます」
2人は並んで定食屋まで歩いていった。
なんでもない話をしながら、歩いた。
互いに名を名乗らない、自分のことを話さない。
今まで食べたものでなにが一番おいしかったか、それを話した。
そんな話をしていたら、あっという間に定食屋についた。
餃子、シュウマイ、小籠包、饅頭、煮卵がそれぞれいくつか残っていた。
昼を過ぎた時間ではなかなか売れない、売れないと次を作るのも考え物だ。
「涼しい時期はもうちょっと売れるんだけどね…残暑が厳しいね、今年は」
おばちゃんはそんなことをぼやく。
とはいえ、おばちゃんの目の前には甘い湯気の香りが立っている。
昼のあと、なんとなく甘いものが欲しくなる人たちを誘い込むためだ。
甘いものは別腹だ。
おばちゃんがアンズと連れ立ってきた彼のために試食だといって小籠包を1個箸でつかんでくれた。
ホカホカな小籠包、熱い肉汁が口の中ではじけた。
「熱…!うわ…美味い…熱…!」
熱いと美味いが口の中で混在した彼を見ておばちゃんはニヤニヤした。
アンズが年頃の男連れというのに、アレコレと妄想が止まらない。
「ね、美味しいでしょ?」
「うん…凄く美味い…あの…もしよければ全部買います…ただ、銀貨しかないんだ…」
そう申し訳なさそうな男にアンズは苦笑いだ。
「先払いで預かったお金から出しますね。おばさん、いくらですか?」
「えっと…小銀貨1枚と大銅貨8枚だね…」
先払いは小銀貨2枚分。これでお釣りを大銅貨2枚渡せば清算ができてしまう。
アンズと彼の間になんとなく気まずい雰囲気が流れた。
「あの…これ、預かっていてください」
そう言って彼がアンズに出したのは銀貨だった。
「5回分くらいになりますか」
「はい」
ツケも先払いも面倒だけど、この人が渡してくれた先払い分の銀貨が嬉しくて仕方がなかった。
「今夜来ます」
「今日明日は休みなんです」
「あ…そうでしたか…」
男はきまり悪そうに笑った。
「でも、必ず来ます」
「はい…待ってます」
男がペコリと頭を下げてそのまま立ち去ろうとすると、店番のおばさんが声をかけた。
「ちょいと兄さん!ちゃんと饅頭持って行ってくれよ!蒸籠はアンズちゃんとこに返しておいてくれればいいから!」
そう言っておばさんは大きな蒸籠をドンと男の腕に抱えさせた。
「アンズちゃん?」
「この子の名前だよ、知らなかったのかい?」
「あ…いえ…その…」
「聞こえないよ!はっきり言いな!」
「あの、その…似合ってるなって…」
ぼそぼそと呟く声におばさんはニヤーと笑う。
これは、ひょっとしてひょっとするんじゃないか?
秋に向かう時期だけど、アンズにも春がやってくるんじゃないか?
「兄さんは?」
「え?」
「店の常連なら、名前覚えてもらった方がいいだろ?」
「あ…えっと…その…コウです。コウと呼んでください」
「だってよ、アンズちゃん。ほら、甘い饅頭も蒸しあがったから一つずつ持ってお行き!これで小銀貨2枚だ」
おばさんからホカホカの甘い饅頭を渡されてしまった。
「ありがとうございます、じゃあ、自分はこれで」
「はい、コウさん。明後日待ってますね」
コウは大きな蒸籠を抱え、甘い饅頭を食べながら家に帰った。
ああ、これで今日も酒を飲まなくていい。
この饅頭は家で働く使用人のおやつにでもしてもらおう。
希代の放蕩息子と呼ばれ、使用人を顧みなかった自分が持っていったものを喜ぶとは思えないけど、それでも心を入れ替えて稼業を叩きこんでもらうには彼らの協力が必要だから。




