5美味しいもの食べます
「…あ!」
「あ!こんにちは」
目の前からやってきた男性にアンズはお辞儀をした。
青空の元、色んな色の野菜や果物が並ぶ中、この人は少し辛気臭い。
そして、アンズの口元の饅頭を見て、またしても腹の虫を豪快に鳴かす。
「あははは!」
「恥ずかしい…」
「いいじゃないですか!ちゃんとおいしいものを知っている証拠ですよ…」
「おいしいもの…」
またしても彼の腹の虫が鳴く。
アンズの手にしている大きな饅頭が彼の腹の虫を鳴かしているのだ。
「そこの露店で大銅貨1枚でしたよ…」
彼はきゅっと口をつぐんで、恥ずかしそうに目をそらした。
「あ…もしかして…」
「はい…」
しょぼんとする男性を手招きして、アンズは露店で大きな饅頭をもう一つ買って男性に渡した。
「はい、どうぞ。ここら辺は銀貨、大銀貨、金貨じゃお釣りでないですもんね」
「あ…いや…すいません…」
男性は恥ずかしそうに受け取った。
ぱくりと食べれば、肉汁が甘くて湯気が食欲をくすぐった。
「…美味い…」
彼はポツリと呟いた。
饅頭が美味しくて、夢中になっている姿をみてアンズがニコリと笑っている。
「あの…」
「ご飯食べに来てください、待ってますから」
「はい…」
「じゃあ、私はこれで」
彼が定食屋にまた来ることを了承してくれたから、安心したようにアンズは手を振って別れようとした。
「あの…少し一緒に歩いていいですか?」
「…はい…?」
男が意を決したようにアンズに尋ねてきた。
ま、いっか…と疑問に思いながらも了承した。
男はアンズの歩調に合わせて、饅頭をほおばりながら、何かを言うわけでもなく歩いた。
アンズが屋台で立ち止まれば一緒に立ち止まり、店主と話をしている間も口をはさむわけでもなくただただ待っている。
「おい、アンズちゃん、どーしたよ?」
顔見知りの店主がアンズと連れ立ちながら話もしない男をいぶかしがってアンズに声をかける。
「あ、さっき会って」
「会ってって、アンズちゃんのコレかい?」
そう言って店主は男に見えないように親指を立てる。
「店のお客さんなんです」
「なんか辛気臭え野郎だな」
店主の言葉にアンズも否定はしない。同じことを思っていたから。
「なんて言うか…散歩の道連れです」
「ならいいけど、路地裏に連れ込まれる前に逃げろよ、ちゃんと」
「はい…」
アンズは苦笑いをして定食屋に戻る道を歩き出した。
男は黙ってついてくる。
「…あの…聞いてもいいですか?」
人通りが少なくなって、ようやく男は口を開いた。
「はい」
「あの…貴方は…そのイライラしたり、むしゃくしゃしたり、自分が小さい価値のないものみたいに感じたりしないんですか?」
男の質問の意図がわからずアンズは目を瞬いた。
「えっと…?」
男は真剣にアンズを見つめている。
「ありますよ」
ごまかさずにアンズはまっすぐ男を見つめて答える。
「あるんですか?」
「ありますよ、いつもです」
「いつも…?」
アンズみたいに明るくはきはきした娘が、青空が似合うトマトと卵の炒め物のような娘がそんなことを言うとは男は考えなかったみたいだ。
「あの…そういうとき、どうするんですか?自分はイライラしてグルグル同じことばかり考えて…酒を飲んで…」
だからあんなに酔っぱらっていたのか、とアンズは思った。
あんなに酔っぱらっていながら、イライラもむしゃくしゃも出ていなかったようにおもうけど。
きっとこの人の場合はイライラもむしゃくしゃも彼自身を傷つけるほうに動くのだ。
だから、あんなに酔っぱらっていたのだ。
「おいしいものを食べます」
「おいしいものを食べる?」
「お日様の下を散歩します」
「散歩?」
「それで、散歩で見つけたおいしいものをお店で作ってみます」
「作る?」
「母ちゃんや板前さんに褒められたら嬉しいし、上手にできなくても自分の料理帖に残せますから」
男にはアンズがキラキラ光っているように見える。
美味しいものを食べることも散歩をすることも、見つけたおいしいものを作ってみることも、料理帖に残すことも彼には思いつかなかった。
「おいしいものってなんですか?ツバメの巣とかアワビとかイセエビとかフカヒレに熊の手…?」
「あはは!そんなの食べられないですよ!」
「じゃあ、なにを?」
彼にはわからない。
イライラもむしゃくしゃも気にならなくなるようなそんな美味しいもの。
「饅頭食べたじゃないですか!」
「饅頭?」
「そう!大銅貨1枚の饅頭」
男は唖然として何を言われているのか理解ができないようだ。
「イライラもむしゃくしゃも自分が小さいと思うときも、何かが足りないんですよ」
「何かが足りない?」
「私なんか足りないものばかりだから…だからおいしいもの食べて料理するんです」
アンズは青空の元、胸を張って清々しく言うが、彼にはわからない。
青空なのに、彼の気持ちはどんよりと曇っていく一方だ。




