4 肉まん
それから、何事もなく定食屋の営業は通常通り続いた。
あの酔っぱらいのお客さんはあれから姿を見せない。
その代わりこのあたりの職人さんたちが噂をしていたのはある大店にいる希代の放蕩息子として有名だった御曹司がピタリ放蕩をやめたということだ。
「そんなに有名な人だったんですか?」
「有名も何も、今、いくつだ?20やそこらだけど、15の年には金貨を遊郭でまいたって言うくらいだよ」
「しかも一晩のお代でだよ」
そんな話を聞かされてもアンズには溜息しか出てこない。
この定食屋では、金貨1枚出されてしまえばおつりだって出ないのに、一晩のお代でまくなんて。
「いや、よくそんな放蕩をされて身代がもったもんだ」
「宮廷御用達の大店だから」
「職人の腕がいいのと番頭や手代がしっかりしてんだよ、そう言う家は」
「主人も健在だし」
「あとは嫁さんがしっかりしてるとか?」
「希代の放蕩息子にそんな相手いないって」
そんな話をアンズは右から左に聞き流した。
宮廷御用達と言うことは父ちゃんもよく知っているお店で、その経営状況はしっかりしたもののはずだ。
もしかしたら父ちゃん自ら役人に扮して、監査しているかもしれないし…
「でも、今のうちに放蕩が治ってよかったじゃないか」
「なんか理由があるのかい?」
「美味い飯を食ったって言っているけど、どうだかなぁ…」
「なんだそりゃ」
常連客達は楽しそうに笑いながら、店から出ていったのだった。
店は4日動かしたら2日休むようにしている。
休みの2日は厨房とお店を昼から夕方まで近所の饅頭づくりの上手なおばちゃんに貸して、軽食を売るお店にしてある。
2日とも饅頭のお店になるかどうかはおばちゃんの気分次第。
おばさんが腕によりをかけて作るフカフカな小麦の皮に肉餡を包んだ饅頭、むっちりとした皮の餃子や小籠包、肉の感触が強いシュウマイは人気だ。
煮卵だけはおばちゃんの厚意で一緒に売ってもらっている。
近所の子どもたちが銅貨や大銅貨を手に持ってやってきて、顔ほどの大きさの饅頭の甘い皮にかぶりついて目を輝かせているのだ。
シイカはその饅頭屋の店番をのんびりやる一方で、アンズは都のお店をめぐるようにしていた。
流行の食べ物や流行の味はもちろん、市場でしか見られない珍しい季節の野菜や果物もある。
定食屋で回転率をあげると考えると手間がかかる料理はあまり出せない。
焼いたり、あげたり、作り置きができたりがいい。
だって、冷めても美味しいものはともかく、季節を問わず温かい食べ物はごちそうだ。
影をやりながら宮廷の調理場で下働きしている兄ちゃんは、驚くほどの手間をかけながら料理をするって言っていた。
なによりも、毒見をしなければいけない。
皇帝だけじゃなくて、お妃さまも皇太子も。
手元に届くときには、香りも立たない冷めた料理になっていて、いくら珍しい高級品を使っていてもあれじゃあな…と兄ちゃんは苦笑していた。
だから、父ちゃんは定食屋に来るとき温かい毒見もいらない料理を食べられてほくほくしてるかもしれないけど、お妃さまや皇太子や子どもたちは見た目だけ豪華な冷めた料理を食べてるのだろうか…
何だかなあ…
アンズが市場で買った大きな饅頭にパクっとかじりついた。
肉汁がじゅわっとしみだして、湯気がふんわりたちのぼる。
饅頭は脂の多い肉を余すことなく使えるのがいい。
そして、寒くなるとどうしても脂が欲しくなるものだ。
人間はそう言う風にできている。




