21 市井の吉祥
仲人を介して婚礼の時期の話し合いを進める一方で、コウはいつも通り定食屋に通い、アンズは迎えて食事を出す。
常連たちはもちろん饅頭屋のおばちゃんも訳知り顔で2人を見守ったのだった。
「ねえ、アンズちゃん。実はこのお店でお茶会を開きたいのだけど良いかしら?」
そう言ったのはコウの母親で、3人でご飯を食べに来た時のことであった。
「お茶会ですか?そういうことしたことないので、ご希望に沿えるかどうか…」
「無理を言ってしまうけど、難しく考えないでほしいの。だって、コウが持って帰ってくるお饅頭がおいしすぎるのだもの!」
コウの母親シキの叫びにも近い声を聞いてアンズはなるほどと思った。
コウはアンズが店先にいる、いない関係なく饅頭を買いにくるようになった。
家族や使用人への持ち帰りはもちろん、紙漉き職人が来てもいいようにと人数分先払いをしていく。
宮廷御用達の紙問屋の女将という立場上、いくら美味しくても饅頭の買い食いを人に見られるわけにいかないし、友人たちを誘うなんてもってのほかだ。
というわけで、お茶会を定食屋で開くことを思いついた。
「ごくごく内輪の…といっても15人くらいになるかしら?お昼過ぎに貸し切りにしてもらいたいからお休みの日にお願いしたいのよ」
「と言うことは…お饅頭屋のおばさんにご協力いただかないと…あの皮が私作れないんです!」
「あの皮美味しいわよね!何か秘密があるのかしら?」
「普通に作ってるだけなんですよ、特別なこと何もしてないのに…でも、私じゃあのおいしさにならないんです」
「アンズちゃんにもできないなんて…でも、あのお饅頭を皆さんにもたべてもらいたいのよ!美味しいんだもの」
「はい!私も皆さんに食べて欲しいです!」
すっかりお茶会を開く方向に話が進んでいるがいいのだろうかとコウと父親は互いに顔を見合わせた。
シキの希望としては、女性ばかり10人から15人集まるから、甘いものとしょっぱいものを半々くらいにしてほしいということだ。
「…お饅頭も小ぶりなものがいいですよね。小籠包やシュウマイみたいなしょっぱいのも…」
「そうね。あとは、アンズちゃんの小鉢もぜひお願いしたいわ」
「仕入れにもよりますけど…これからの季節だと…キノコ、お芋類、レンコン…トマトもギリギリ…」
アンズの記憶を手繰り寄せれば、これからの季節は甘くなり、土の香りも深くなる。
「トマトがある季節がいいわね」
「お饅頭屋のおばさんとも相談してからご連絡いたしますね」
「待ってるわ、アンズちゃん」
嫁姑の問題はなさそうだけどとは思うが、帰りがけにコウがこそっとアンズに小声で言った。
「無理なときは無理と言ってください、いつものお茶会は別の場所なので」
「大丈夫ですよ、こういうことをやってみたかったんです。相談しなきゃいけないので、実現するかわからないですけど」
コソコソと話す息子と嫁にコウの両親はニコニコ顔だ。
まだ結婚していないのに、もうすでに結婚しているようなそんな雰囲気だから。
アンズの「またお待ちしてます」を背に聞きながらコウを見て両親はニヤニヤしている。
「なんですか?」
「仲良しだね」
「すっかり夫婦の顔をしてるわ、二人とも」
両親にからかわれてコウは顔を赤くする。
「あと半年もすれば実際に夫婦になるのですから、いいではないですか」
「うん、大事にしておやり。あの子は…そら豆ちゃんは我が家の吉祥だから」
「はい…」
アンズが吉祥であるとはコウにだってわかる。
だがしかし、実の息子を差し置いて、嫁に吉祥と使うことにコウの中で少しザラリとした感触が生まれる。
「あの…」
両親より数歩遅れたコウが後ろから声をかけた。
両親が振り返れば、コウががっくりとうなだれている。
「不肖の息子で申し訳ありません。お二人にも店のものにも多大な迷惑をかけました。自分は本当に何もできませんけど、アンズさんを心より大事にします」
両親は何を言われたかわからないまましばし時が流れる。
「すいません、余計なことを言いました。帰りましょう」
沈黙に耐えられずコウが先に口を開いた。
「コウ…何を言うかと思えば、君こそ我が家の瑞祥じゃないか」
「自分が?」
キョトンとしたコウに両親は顔を見合わせた。
「あら?話したことなかったかしら?」
「コウの様子を見るとそのようだねぇ…いずれ良いとき話をしようか。」
「あの…教えては…?」
父親は満面の笑みをコウに向けた。
「今は教えてあげない。家業に向き合ってよく考えてごらん。少しずつ見えてくるものがあるから」
「貴方と言う瑞祥が生まれて、アンズちゃんと言う吉祥を連れてきてくれるんだもの」
「でも、ずいぶん放蕩をしましたし…」
両親の顔を見るのが恥ずかしくなって、コウはふっと顔を背けた。
「あははは…放蕩ね。あのくらいはまあいいだろう。良いことばかり続くのもよくないからね」
「陽極まれば陰となるというでしょう?」
「そういうものでしょうか?」
「ガス抜きみたいなもんだよ」
ガス抜き…コウは短く繰り返した。
いつからか知らないけど、遊郭で一晩のお代で金貨を撒いたのは紙問屋の放蕩息子である自分だということになっている。
実際には金貨1枚を払っただけなのに。
あんなに両親や番頭や世話役から小言を食らっても、それでも「ガス抜き」で済むのか…
不思議な気持ちがした。
「でも、トマトちゃんをないがしろにしたら許さないわよ」
「ああ、それだけはダメだ」
にこにこしていた両親が一転、コウに厳しい視線を向けた。
「もちろんです。自分にはアンズさんをないがしろになんてできません」
両親の間に挟まれて歩く家路は涼しいのにまだ少し暑さが残っている、コウはそう感じた。




