20 フキノトウ味噌の握り飯
翌朝、仲人宛に使いを走らせれば、仲人は朝ごはんもそこそこにすっ飛んできた。
「お相手にはすぐにお伝えするから。本当にお似合いのお二人だから。なんて言うんだろうね、まだ若いのに気持ちと言うか空気が合っているんだよね」
そう言いながらも、ぐうぅと腹を鳴らす仲人にアンズは一礼をし、席を立った。
「フキノトウお好きですか?」
「ええ」
「フキノトウ味噌を塗って焼いた握り飯、食べていってください。ささやかですがお礼です」
そう言ったアンズは昨日までの定食屋の娘ではなく、紙問屋の若女将を引き受ける娘になっていた。
午前中、訪れた仲人にコウもコウの両親も世話役の爺やも番頭も使用人たちもその一言を聞き洩らさないように息をひそめた。
「今日ね、朝から連絡があって伺ったんですけど…フキノトウ味噌を塗って焼いた握り飯が絶品でしたよ…」
核心を話さない仲人にコウの家族はじりじりと仲人に詰め寄った。
「少し焦げた味噌に、フキノトウの苦み…この年ですから苦いというのが美味いの一つだと知っていますよ、私だってね」
コウの家族の圧を感じながらも、飯の感想を言う仲人。
「鼻を抜ける香ばしさ…香ばしいもね、いくつかあるんですよ。味噌の香ばしさ、米の香ばしさ、そして、奥にあるのはフキノトウの香ばしさ…それが一体になってなんとも美味しい朝ごはんをいただきましたよ。朝ごはんをそこそこに伺っただけの価値がありました」
焦らす仲人の説明にコウもコウの家族もその場で聞き耳を立てている全員の口がフキノトウ味噌の焼いた握り飯になっていくのがわかった。
これは、昼か夜でフキノトウ味噌を食べないと誰もが納得しないだろう。
「それでね、思ったんですよ。この美味い飯をこれからも食べられる紙問屋の皆さんが羨ましいって」
「…え?」
仲人の言葉の意味が分からず、反射的に返したコウの問いかけに仲人はニコリと笑みを浮かべた。
「おめでとうございます。アンズさんからも正式に紙問屋へのお嫁入の思いを聞かせてもらいましたよ」
仲人は静かに礼を取ったのだった。
一瞬の間をおいて、紙問屋で歓声が上がったのだった。
「おい!厨房!フキノトウ味噌作れ!!今日の昼めしだ!」
誰かが叫び、厨房の使用人が走り回る音が響いた。
目を丸くする仲人にコウの父親がクスクスと笑う。
「すまないね、先日、定食屋に行ったときにあまりにもおいしいから分けてもらって皆で食べたんだよ。それから皆ハマっちゃってね」
「今日の昼はフキノトウ味噌の焼いた握り飯でしょうね」
コウの母親も隣で同じくクスクスと笑った。
ただ、茫然として虚空を見つめているのはコウただ一人だ。
「坊ちゃん」
「はい」
仲人に声をかけられてコウは意識を取り戻した。
「これからアンズさんをお嫁に迎えるわけですから、坊ちゃんはちゃんと若旦那としての自覚をもたなければいけませんよ。坊ちゃんの放蕩でもこちらのお店は崩れなかった。それはひとえにご両親や使用人や紙漉きの職人たちが坊ちゃんを見捨てなかったからだ。これからは坊ちゃんが皆さんに恩返ししないといけませんよ」
「はい」
「そして、少し余力があったら、誰か困っている人に恩を送って差し上げなさい。話を聞く、飯をおごる、それだけでいいから」
「はい」
「これからのますますの繫栄をお祈りしております」
「ありがとうございます」
そう言って一同は仲人に対して礼をしたのであった。
その日の昼はフキノトウ味噌をぬった焼いた握り飯。
厨房に残っていたフキノトウ味噌と追加で作ったフキノトウ味噌がすべてなくなるほどに全員が食べた。
「うめぇ!」
「酒もいいけど、飯がうめぇ!」
紙問屋のあちこちから聞こえる言葉にコウの両親は苦笑する。
「ああ、そら豆ちゃん。すっかりみんなの胃袋掴んじゃったなぁ」
「トマトちゃんがお嫁入するのが待ち遠しいわねぇ」
コウの両親も食べながらほくほくとしている。
「今から準備だと…年末年始はいそがしくなるし、その先となるとお嫁入は来年の今頃ですね」
「いいね、芽吹きの季節だ、縁起のいい」
「祝宴にはフキノトウ味噌を出しましょう」
母親、父親、番頭の声を聞いて世話役の爺やが握り飯を味わっているコウに目を向けた。
「いいですな、フキノトウは長い冬をゆっくりじっくり待って芽吹くものですから」
それはまるでアンズとコウの関係のようなものだと、コウの父親、母親、番頭は思った。




