16 そら豆とトマト
トマトの季節が過ぎ、さつまいもの甘露煮や饅頭屋に芋を餡にした甘い饅頭が並び始めたころ、両親に衝撃的なことを伝えられた。
まさかこんなことが起こるとはと言わんばかりにコウは青ざめた。
世話役の爺やも番頭も気の毒そうに首を横に振った。
「…アンズさんとは縁がなかったということでしょうか?」
コウの声が震えた。
「いや、そうではないよ。アンズさんのお父様が、少し時間を欲しいと言っているんだ。アンズさんが18になるまでは待ってほしいと」
「見合いもですか?」
「そうだ」
紙問屋の嫁としてアンズを迎え入れるには申し分ないことがわかってすぐ、父親はアンズが不在のうちに定食屋に行き、シイカに事情を話したのであった。
少し困ったシイカが「夫と話してから」と返事をした翌々日、アンズの父親と名乗る男が紙問屋に訪れた。
コウの父親が時折定食屋に行くときに見かけた顔であったこと、アンズが「父ちゃん」と呼びかけていた男であったことを思い出し丁重に迎え入れたのであった。
そして、見合いも含めて縁談は18になってからお願いしたいという意向が伝えられたのであった。
ここから先はコウに話さないと約束した内容であるからコウには伝えないが、アンズはコウのことを店の常連を越えて好ましく思っているということだった。
見合いとなれば一足飛びに話が進みそうなため、それは父親である自分の我儘にしかならないが、と言い訳をしていた。
「激務のため家に帰ることがほとんどできなくて、子どもたちのことは妻に任せきりでした。もう少し、娘を見守る父親でいたいのです」
そういうアンズの父親の気持ちをコウの父親は痛いほどよくわかった。
「…あと数か月でよいのです。春の芽吹きのころに見合いとしませんか?」
アンズの父親の言葉に家族としてはアンズとコウの縁組を歓迎しているということがわかった。
「委細承知しました。それまでは、二人は看板娘と常連客ということで」
それは、父親同士の密談だった。
「お前は待てるだろう?」
「待てます」
「ならいい」
息子への通告が終わって、コウの父親は肩の力を抜いた。
「わたしだってね、そら豆ちゃんに早くうちの嫁になってほしいんだよ」
コウの父親は家族の間ではアンズのことを誰に聞かれているかわからないからと言って、「そら豆ちゃん」と呼んでいる。
母親は「トマトちゃん」と呼んでいる。
時折二人で行く定食屋でもアンズを見て「そら豆」「トマト」と愛称で呼んでいるからアンズはコウの家にそら豆畑とトマト畑ができていると思っている。
「ご両親、よっぽどお好きなんですね、そら豆とトマト」
アンズが暢気にそんなことを言っても、コウにはアンズのことだと言えるほどの勇気もない。
「でも、センさんとシキさん、あのコウさんのご両親ってなんていうか、そら豆とトマトのような方ですよね」
アンズの言葉にコウは目を瞬いた。
一瞬考えたが、確かに父親はそら豆ぽいし、母親はトマトぽいと言ってもいいのかもしれない。
そしていつのまにやら父親はセンさん、母親はシキさんと呼ぶようにアンズに言ったようだ。
アンズもコウ、コウの両親が定食屋に現れることに慣れていった。
そして、春、温かくなり始めたときにアンズは母シイカから見合いの話を持ち込まれた。




