11 そら豆
「おまたせしました!」
そういってアンズは一膳ずつ運んできた。
コウの父親、母親、コウの順に。
目の前に並んだ料理にコウの両親はごくりと喉を鳴らした。
生姜の香りもあまい照り焼きの香りも脂と絡まって、食欲をそそった。
そして、何よりも3種の小鉢。
味のバランスが良くて、主菜の口直しにもピッタリだ。
ご飯は母親の分は小盛より若干少なめ、コウは普通盛の若干多め。
そして、何よりもコウの干し豆腐の和え物は両親のより多めに入っている。
「常連なのは間違いないようね」
母親の言葉に父親もコウも目を瞬かせた。
「干し豆腐の和え物、コウのだけ多めに入っているのよ」
「ほう、そうか」
「あ…それは…好きだと話したら…」
コウは干し豆腐の和え物の小鉢を手に取った。
母親も小鉢を手に取って、一口、そのおいしさに目を瞬いた。
「…おいしい」
母親は小鉢を順に口に運ぶ。
フキの煮物はちゃんと味が染みているし、そら豆の塩加減がこれまたちょうどいい。
「はあ…これは酒が欲しくなるな」
父親は同じくそら豆を口に運んで感想を言う。
「そら豆だけ持ち帰りできないかな…コウ、聞いてくれないか」
「はい…アンズさん」
コウは常連の会計を終えたアンズに声をかければ、アンズが返事をして近寄ってきた。
父親がそら豆を持ち帰りたいと言っていることを告げるとアンズは嬉しそうにほほ笑んだ。
「確認してきますね」
そういって厨房に戻って、母親と板前さんと話しをしている。
アンズが戻ってくる間にもコウとコウの両親は主菜を食べて、目を輝かせた。
「これは、確かにごはん泥棒だ」
「甘辛いたれが脂と絡んで…おいしいわ…」
「母さん、一切れ交換しよう」
「いいわよ、あ、その小さいのでいいわ」
両親はそれぞれの主菜を一切れずつ交換をする。
とにかくご飯が進む。小鉢は飽きが来ないし、汁物も塩加減がちょうどいい。
「あの、そら豆なんですけど、小鉢3つ分ならお持ち帰り用にお分けできますが、よろしいでしょうか?」
「ありがたい。ぜひお願いします」
「はい、準備いたしますね」
ペコリとお辞儀をするアンズを見て、父親は「あ…」と声をかける。
「さやに入ったそら豆ってまだあるかい?」
「はい…」
「それを6つ焼いてくれないかな?」
父親の申し出に母親が父親の脇をつついた。
「もう、お父さん、失礼よ」
「いや、そら豆、大好物なんだよ」
「知ってますけど」
父親は柔らかい笑みを浮かべながらも厳格な人かとアンズは考えていたが、少しふわふわとした感じで、コウによく似ているようだ。
「お持ち帰りでご用意しましょうか」
「頼むよ」
「はい」
アンズは厨房に戻り、板前と話して場所を空けてもらったようだ。
アンズが持ち帰りのそら豆を準備している間に、コウもコウの両親も楽しそうに定食を食べて、満足そうであった。
「食器、おさげしますね。よろしければ、食後のお茶、黒豆茶と緑茶ありますが、どちらにしましょう」
「緑茶をお願いできる?」
「私とコウは黒豆茶で」
「はい、かしこまりました」
アンズが食器を下げ、お茶を新しく持ってきてくれて、飲んでホッとし、お腹を落ち着けている間を見計らって、アンズがそら豆の塩ゆでと焼きそら豆を持ってきてくれた。
「いやあ、美味しかったよ。うちの息子が…コウが日参する理由もわかったよ」
「お口に合ってよかったです」
「お嬢さんがつくられたお料理もあるの?」
「はい、小鉢の献立と料理をさせてもらっています」
「そう…フキがちゃんと出汁が染みてておいしかったわぁ。そら豆の塩加減も和え物のさっぱり加減もちょうど良くて」
父と母が褒めたたえるから、コウは何か言いたくても口をパクパクさせている。
「コウさん、いかがでしたか?」
「あの…いつも通りおいしくて…生姜焼きはごはん泥棒でしたね」
「はい」
アンズと話すコウの様子にも両親は互いに顔を見合わせてうんうんと頷いた。
会計時には、父親が小銀貨3枚をだした。
コウの分は先払いを充て、父親、母親の定食と持ち帰りのそら豆代だ。
「そら豆の分がありますので、大銅貨4枚のお返しです」
「おつりはいらないよ。無理を聞いてもらった手間賃だ」
「承知いたしました。ありがたく頂戴いたします」
そう言ってアンズは戸口まで3人を見送った。
「では、また」とそれぞれ口にした親子3人にアンズはいつも通り返した。
「またお待ちしてます」
その帰り道、腹が満ちて気持ちが満ちた両親が満足そうに空を仰いでいた。
「で、お前はあの娘が気になっていると?」
「え?あ、はい」
「そうかそうか…」
父親の表情を見る限りは感触は悪くなさそうである。
「で、貴方はあの子に自分の気持ち伝えたことあるの?」
「…ないです」
母親の質問にコウは小さな声でぼそぼそと答えた。
「そうよねぇ…ま、逃げられないように頑張んなさい」
「頑張るって…」
「そのくらいは自分で考えなさい。無理に距離を詰めると逃げられるわよ」
母親の助言にコウは今まで考えなかったことを考える。
アンズを気になると伝えた以上、二人はコウの嫁候補としてアンズを見ている。
そして、今日の様子を見る限り、二人ともアンズをひどく気に入ったようだ。
だが、ここでの問題点はコウがアンズに自分の気持ちを伝えていないこと、アンズに思い人がいるかどうかもコウが知らないことだ。
2人の関係は今のところ定食屋の看板娘と常連客だ。
「ははは…15で遊郭で金貨をまいた放蕩者とは思えん初心さだな」
「金貨を出しましたけど、まいてはいません」
「おや、そうだったか…まあ、すぐすぐ話が進むわけじゃなし、よくよく考えてみることだ」
そう言って父親は手に下げた笹の葉にくるまれたそら豆を酒と共に楽しむのを待ちきれなさそうに気持ち早足になったのであった。
その夜、コウの父親は番頭とコウの世話役の爺やを呼んで、そら豆をつまみにコウの嫁取りの話をした。
「派手なだけの美人じゃなくて、地に足のついたそら豆のような子だったよ」
「それはそれは、坊ちゃんらしい女性の好みで。美味いですな」
世話役の爺やがそら豆をつまみながら言う。
「平民街の定食屋の看板娘ですか…」
「気に入らないかい?」
「いいえ。密かに坊ちゃんの愛人枠を狙っていた使用人たちには歯がゆいと思いまして」
「ああ…そう言う手合いがいたのか…。それは良くないね」
スッと冷えた面持ちの主人に番頭も世話役の爺やも息を潜めた。
「幸いにも坊ちゃんが深く関わらないので、直接言葉を交わすこともありませんが」
「そうか。ではアンズさんの身辺調査をしながら、害虫は徐々に駆除しないとだな」
「お任せください」
番頭は静かに頭を下げる。
そして主人の勧めに従い、そら豆を肴に酒を呑む。
「これは美味いですな…。なるほど、坊ちゃんの女性を見る目は確かなようだ」
番頭の言葉にコウの父親はゆっくりと目を細め、そら豆をゆっくりと摘んだのであった。




