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アンズの小鉢料理帖~時々、定食屋常連観察日記  作者: 皆見アリー


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プロローグ1

アンズにとって父ちゃんは何日かに1回母ちゃんがやってる定食屋に現れて、美味そうに幸せそうに飯を食い、そのまま泊っていく人だった。

普段は定食屋に母ちゃんと兄ちゃんと3人きりで過ごしていた。

夜は寝床で3人くっついて寝る。

父ちゃんが来た時は4人でくっついて寝てたけど、ま、なんとなく兄ちゃんとアンズは父ちゃんと母ちゃんの邪魔をしないように別の部屋で寝るようになった。


母ちゃんは父ちゃんが定食屋に来ると凄く嬉しそうで、パッと花が咲いたように笑顔になった。

父ちゃんは母ちゃんの顔を見て、ホッと肩の力を抜いて、いつもの席に座る。

母ちゃんがご飯を持っていくまで、席で静かに目をつむる。

母ちゃんが「お待たせ」と言って給仕するいつもの定食。

汁物飲んで、ご飯を食べて、主菜、副菜と食べていく間に母ちゃんと目が合うと目を細めて穏やかな声で言う。

「おいしいね、シイちゃん」

そんな父ちゃんを嬉しそうに見つめて、母ちゃんは他のお客さんへの給仕や会計に回る。

父ちゃんはそんな母ちゃんを静かに優しそうに見つめていた。

そんな風に父ちゃんが来る日はいつもより温かかった。


父ちゃんがいない夜は母ちゃんはすごく寂しそうだった。

父ちゃんは何日かに2-3日に1回は来るようにしていたと思う。

でも、時には10日も20日も姿を見せないことがあった。

「父ちゃん、来ないね」

そんなことをアンズが言えば、母ちゃんは寂しそうに微笑んだ。

「父ちゃんは皆のためにずっと働いていてすごく忙しいんだよ」

そんな風に母ちゃんは言った。

母ちゃんが言う皆が誰のことかアンズにはわからなかった。

アンズにとってずっと働いているのは母ちゃんも一緒で、父ちゃんは母ちゃんみたいにどこかで皆のために定食屋をやっているのかな、とずっと思っていた。


ここは東の大陸の大半を占める大順帝国。

東と南は海に面しているが、北側には狡猾な女帝が治める大帝国、東北には歴史上小競り合いを繰り返してきた騎馬民族、西には砂漠と砂漠を制した遊牧民に囲まれた国だ。

皇帝の名はシュレン。

父帝より帝位を簒奪した先の皇帝から帝位を取り返した。

父帝失脚後、平民としてのどかな田舎で育った彼は、都で役人になり、そして、有力者たちからの支持を得て、皇帝になった。

不正やワイロを嫌う厳格な政策で、シュレンが皇帝になってから大順帝国はそれまでとは大きく変わった。

人々が3食を食べ、乳幼児の死亡率が減り、識字率があがった。


その一方で、即位してすぐ、辺境の2つの町を含む北の帝国、東北の騎馬民族、西の遊牧民族の6者により不可侵協定を結んだ。

そのおかげで国境は穏やかであり、各地との交易も活発であり、シュレンの時代になり国は豊かに栄えるようになった。

歴史書において、特にシュレンの時代を、大順帝国は以下のように記される。

「地に染まる朱 天に順い 藍となる」



そんな大順帝国の帝都。

アンズはずっと母ちゃんに背負われて帝都の平民街にあるぼろい古い定食屋で給仕している生まれついての看板娘だった。

常連のおっちゃんに可愛がられて、給仕の手伝いに来るおばちゃんたちにはおしめも替えてもらったんだって、覚えてないけど。

アンズは物心ついたころには定食屋で椅子を片付けたり、卓を拭いたり、お箸や調味料を準備したり大忙しだった。

常連のおじちゃんやおばちゃんはお手伝いをするアンズを見ると必ず声をかけてくれた。


定食屋をやっていくうえで母ちゃんには決めていることがあったみたいだ。

修繕は必要最低限するけど、ぼろい古い定食屋を拡張したり、どんどん店舗を増やさないこと。

買い物は通いの板前さんにお願いしたり、肉屋さん、魚屋さん、八百屋さんに材木屋さんや炭屋さんに店まで持ってきてもらうこと。

母ちゃんはよっぽどの用がない限り、休みの日でもあまり外に出ないようにしていたと思う。


母ちゃんはいくつかもの通りの向こうに見える宮廷の屋根をよく見ていた。

宮廷は役人がいっぱいいて、そこには皇帝と言われるこの国の一番偉い人がいて、その人が色んなことを決めているんだって。

子どもや女性が気兼ねなく相談できるお医者さんを配置したり、誰でも読み書きや計算を習える小さい学校が整備したり、食べ物や水、燃料が高くなりすぎないように価格を調整したり、道路や井戸を作ったり、そう言うのも全部その皇帝が役人と決めているんだって。

その皇帝には奥さんがいっぱいいて、子どもたちも沢山いるって言ってた。

困ったことにその皇帝は若すぎるお妃さまが大好きって言う噂だった。

即位したときの一番若いお妃さまとは後宮に行けば、朝も昼も晩もずっと一緒にいるんだって。

常連のおじちゃんたちがよく子どものアンズに「皇帝の奥さんになったらおいしいごはん食べられるぞ」って言っていたけど、アンズは定食屋のご飯が一番おいしいと思う。


アンズにその若いお妃が大好きな皇帝が自分の父ちゃんシュレンだって知らされたとき、びっくりしたけど「なるほど」って思った。

父ちゃんが若いお妃さまを大好きだって話があれば、平民として暮らす母ちゃんや兄ちゃん、アンズのことを人々は気づかない。


若いお妃さまたちの中には、属国や属州から飢饉と援助に対するお礼のようにして後宮に送られてくる女の子たちがいた。

5歳か6歳、幼くして後宮に入った一番若いお妃さまもそう。

だから、一番若いお妃さまにとって父ちゃんは、父でもあり、兄でもあった。

噂の真相は、夜中父ちゃんの寝床に一番若いお妃さまがよく潜り込んで、朝まで一緒に寝ていたこと。

後宮で一緒になって悪戯したり、泥だらけになったり、つまみ食いしたりすれば、正妃様と側妃様と女官長に揃って怒られた。

そんな話を聞いて、母ちゃんは呆れて笑った。


そんな一番若いお妃さまは、役人になって生まれ故郷に赴任した。

貧しい故郷を穀倉地帯として蘇らせて、ちゃんと父ちゃんの妃になって、生まれ故郷をもらって領主となった。

今、遠く離れた領地から父ちゃんと帝国の胃袋を支えている。


皆のためにずっと働いていて忙しい父ちゃん、宮廷の屋根を眺めている母ちゃん、この定食屋は2人がちゃんと夫婦に戻れる場所だってこと、それがアンズが知っている歴史書に書かれない父ちゃんと母ちゃんの物語だ。


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