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17話 スピード(上)


「……つまり」


 と、ロッティが切り出したのは長考の末の事。

 ブリンクが情けなくも現状を洗いざらい話した後、端正な顔にも関わらず眉間に皺を寄せて悩んだ末の事だった。


「ヒーローのお友達が私達を追っていて、貴女はそれに対して嘘を吐き、匿ってくださったと」

「でもその友達……へへ、友達……うーん、友達!は見つけるのが得意だし、きっと他のヒーローとか警察も探してて!」

「それでも目の前の私を信じてくださった事には、心から感謝しているのですが……」


 ブリンクは自分で口にした友達という言葉に対して悦に入り、かと思えば慌てふためき落ち着かない。

 それに対してロッティは、ただ落ち着いてブリンクへの感謝を続ける。

 結果的にブリンクは助けると言った相手を見捨てずに、更には現状をそのまま伝えるという、誠実さを示す事になった。

 裏表が無いというよりは、ただ愚直なだけなのだが。

 

「僕は誰を信じて良いのか分からないや。ロッティのお母さんが悪い事になってるけど、当の本人は大変そうだし」

「そうですね……お友達との関係に障りがないかどうか、それが気掛かりです。でも、ありがとう。貴女だけが助けてくれた」

「え?まあ、うん……成り行き?ヒーローだし、目の前の人を助けないとって」

「やっぱり、父が見ている新聞やニュースは大嘘吐きですね。貴女は本当のヒーローだった……ママと同じ」


 ロッティはずっと握った手の先の、俯いたままの母を見る。

 虚脱して、何も反応を示さない姿が痛々しくブリンクはあまり直視していられなかった。


「薬物依存で、家庭内暴力で、お金を盗んだって。じゃあ嘘なんだよね?」

「ええ、全て仕組まれたもの。父の苛烈な教育に反対したから、ママは濡れ衣を着せられた。母方の祖父母は亡くなっていて、頼る人が居ないと知って父は──あの男は違法薬物に対する依存だけを残してママを追い出した」

「酷いよ!僕がなんとか出来ないかな!?こう……テレポート使って証拠探すとかしてさ!」


 聞いた事を疑わずに義憤に駆られ、居ても立っても居られないと歩き回るのもまたブリンクの愚直さ。

 考え無しな言動も、場所さえ適していれば人の心を掴むもの。

 

「別に、そんな事しなくてもいいんです。貴女に危険が及ぶかもしれないのですから。ただ……母と思い出の地を再訪し、幾つか言葉を交わせたらと」

「でもロッティのお母さんは……」

「私を家から連れ出してくれた時は、意識がハッキリしていたんです。確か能力者ではない筈なのに、銃弾を防ぎ警備を薙ぎ倒す翼まで生えていて……でも翼が消えてからは、すっかり」


 身動ぎひとつしないこの女性が、そんな大立ち回りをしていたとは信じられるものではない。

 それ程までにかけ離れた情報ではあるが、ブリンクにはそれを為す方法について心当たりがあった。

 自分自身にも力を与えるそれが、近頃出回り始めているのは身をもって理解している。

 だからそれが、己の首を絞めるような事にはならない筈だと意を決して。

 

「君のお母さんはたぶん、能力を得る薬を使ったんだよ。時間制限があるから、それが切れて翼が消えたんだと思う」

「そんなものが……流石ヒーロー。詳しいのですね」

「えぇーと、うん。最近それを使った人が、能力のコントロールに苦しんでる様子を沢山見たんだ。君のお母さんもそれ……じゃないよね、翼が生えてたなら暴れ回るニワトリみたいになってそうだし?」

「疑問系で投げかけられても……詳しい貴女が分からないのであれば、もう私には分かりかねる事なのですが」


 自信のない言葉が無駄な余白を生み、ブリンクは気まずそうに頭を掻く。

 求められているのは、頼りになるヒーローだというのに。

 

「じゃあ……どうしようか」

「思い出の地へ行く手助けを、お願い出来ますか?」

「任せて任せて!テレポートなら瞬きする間に着いちゃうから!」

「では、展望塔までお願いしますね。もしかしたら、それが刺激になって……」


 ロッティの縋るような言葉は届いているのか、それすら分からず母の手をさする。

 そんな母子の姿を見て、穏やかではないのがブリンクだ。


(この2人を見てると、ザワザワする。2人を助けたら、僕もこんなふうに……良い事をしたら良い事があるって、そうだったら良いのに)


 ブリンクが無意識に伸ばした手は、テレポートで移動する準備を促すものなのか、はたまた羨望から伸ばしたものか。

 ともあれその手をロッティは取り、3人並び立ってブリンクへ頷く。


「じゃあ行くよ──なんか、お母さんと姉さんと出かけた時の事思い出すな」


 積み重なった記憶の地層の、ほとんど原初に近い幼い頃の記憶が蘇り、ブリンクは思わず言葉を漏らす。

 とはいえその言葉はテレポートに掻き消され、数度の風鳴りと景色の転換を経て、目的地の展望塔へ辿り着けば無かったものと同じ。

 目の前に聳え立つのは電波塔であり、その一部を展望フロアとして利用した施設。

 その根本に立てば、頂上は首が痛くなるほど見上げてもなお見通せない。

 周囲に人は居ない為、この高塔の威容は3人だけのものだった。


「本当に、あっという間に着いた……」

「凄いでしょ?早く中に入ろうよ──」


 と、得意げなブリンクが先導して入り口のドアノブを捻るのだが。

 ガタガタと、扉とノブが音を立てるばかり。

 よく見れば、ガラス戸には休業を伝えるプレートが掛かっていた。


「えーっと、休業みたいだね……」

「そんな……いえ、それなら」


 と、失望をすぐさま塗り替えロッティはブリンクの手を取った。

 真っ直ぐに見つめて、身を寄せる。


「な、なに……?」

「テレポートで、忍び込めないでしょうか?どうしても……ここからの景色を見てからでないと……」


 胸の内から溢れ出るものを抑えながら、必死に懇願するロッティ。

 他に頼る人が居ないのだから、それは当然ブリンクへと向けられる。

 他の誰でもなく、ブリンクへと向けられる。

 それはとても甘美で、抗い難いものだった。


「えっと、じゃあ展望フロアまでテレポートする?しっかり捕まってくれれば、行けると思うし」

「ええ!ええ、お願いします!」


 不法侵入。

 人助けの前には瑣末な問題だと、ブリンクは気にする事もない。

 僅かでも悩む事なく、2人の乗客を抱えて上方へのテレポート。

 細かく刻みながら目当ての階まで上昇を続けて、視界に壁面全てがガラス張りのフロアを捉えると、その内部へ向けて最後の1回。

 ガラスの壁を通り抜けて、無人のパノラマは3人だけのもの。

 ロッティも思わず壁まで駆け寄り、その景色に声を漏らした。


「わあ……あの時と同じ」

「お母さんと来たの?」

「ええ、登ってみたいと我儘を言ったら父に怒られて……でもママは連れて来てくれた」

「良い話だね……ほら、ロッティのお母さん、ロッティと景色を見ようよ──?」


 ロッティの母を支えとしたブリンクは、彼女に触れた手が何やら固いものに触れた事に意識を持って行かれた。

 位置は上着のポケット。

 なにが入っていてもおかしくはない。

 ただ妙に気になった。

 触れた時の、心がざわつく……高揚する感覚。

 ブリンクはどうしてもそれが気になり、上着のポケットを漁った。


「あら、ブリンクさんどうしたの?」

「君のお母さんの上着、何か入ってるみたいなんだ」

「なんでしょうか……?」


 と、ロッティ本人も気になり中身を取り出してみれば、それは注射器と青白く光る薬品。

 ブリンクもよく知る、毎日のように見ている一時的に能力を獲得するそれだった。


「これ!これだよ能力を使える薬!」

「これが……光っていて、不気味」

「あ、そうだ。これを使えば、君のお母さんはまた意識がハッキリするかも」

「そ、そんな効果まで!?」

「分からないけど……でも翼が生えてた時は意識がハッキリしてたなら、まだ薬を使えば元に戻るかも!」

「それで、この怪しげな薬を使うと……?」

「でもこの薬は本当に、能力を与える魔法の薬なんだ!もしかしたら……!」

「これを……」


 青白く光る液体を体内に入れるなど、普通ならば抵抗感を抱くもの。

 得体が知れず、出所も定かではない。

 そんなものを勧めるブリンクは、己が使っているからその抵抗や懸念が無いだけの事。

 ロッティからすれば、そんなものを母に投与してどうなるか分からない不安と恐怖が付き纏う選択にも関わらず。


「どうかな?」

「どう……いえ、そうですね。貴女が言うのなら、信じますヒーローさん」


 だが、ロッティは選択した。

 自分達を助けてくれた、ヒーローが言うのだからと。

 ブリンクが注射の準備をする最中も、不安さは隠せないが母の手を握り、祈る。


「じゃあいくよ」

「ええ、ああ……!やっぱり見てられない」


 腕から流れ込んだ薬液が、血管を伝ってゆく様を直視出来ずにロッティは目を瞑る。

 しかしブリンクは結果を疑わず、必ず良い結果になると信じていた。

 

「ほら、ほら……!」


 青白い光は脳へと走り、ロッティの母は僅かに呻いて脱力する。

 少しの静寂。

 何の反応も示さずに目を瞑ったままの様子は、ブリンクにも焦りを感じさせるものだった。

 が、唐突に見開かれた瞳には虚脱していた時には見られない理知の光が宿っている。

 ロッティを見て、ブリンクを見て、戸惑った様子で辺りを見回す。


「ママ……?」

「ああハニー。私の可愛い子……」


 抱擁を交わす母娘を見て、ブリンクは満足そうに頷く。

 自分の判断は間違っていなかったと、再会の手助けをしたのだと。

 

「ブリンクさん!ありがとう……本当に、感謝してもしきれない」

「助けるって言ったからね!思い出を守るなんて、ヒーローなら当然の事だよ!ほら行っておいでよ、僕はそこら辺で待ってるし」

「本当に、ここまでありがとう。この時間がずっと……夢に見るくらい、ずっと来て欲しかったから」


 優しく微笑み、ロッティはブリンクへハグをした。

 そして、2人を白い翼が包み込む。


「わっ凄い……天使みたいだ」

「私を守ってくれる守護天使ね。これからはずっと一緒なのよね?」

「ええ、貴女が望むなら。ずっと一緒に居るからね」


 親子の愛が間近にあって、しかし異物がひとつ、胸に孤独を抱えている。


(僕は、いつこうなれるんだろう)


 抱擁の只中にあって、ブリンクは満たされない。

 ヒーローとして人を助けても、愛を求める子供は変わらずそこでひとり。

 とはいえ、それを表に出して他人を困らせる程は子供でもない。

 するりと抱擁を抜け出して、親子水入らずの時間へ送り出す。

 手を振り、離れた所へひとり歩いた。

 

◆◆◆


『情報が入りましたよ〜』


 と、ルミナスの通信を受け取った時、ケイナインは既に3人目の密売人を締め上げていたところだった。

 

「遅い」

『ウチに言われても困りますよぉ。精一杯頑張った警察の人に言ってくださいねぇ〜』


 苛立ちを露骨に示し、すっかり伸びた密売人を放って投げたケイナインは首や肩を回して有り余る血気を滾らせる。

 これからが本番、雑魚に構っている時間は無いと。


「情報を。早く。この僅かな時間が、被害者の命運を分けるかもしれないのだから」

『犯人の昔のSNSアカウント、残ってたみたいで〜』

「昔を懐かしむ為にそこへ行くって?何ヶ所あるの、一気に周るわ」

『警察の人も行っているので、ウチを連れて展望塔まで行って欲しいんですよぉ〜』

「何故貴女まで?私1人で十分よ」

『ウチの能力があれば、広くて複雑な建物でも隅々まで見れますからねぇ。役に立つんですよこれが〜』


 ルミナスの能力があれば、ひと部屋ずつ注意深く調べる必要などなくなる。

 透視と遠視でザッと見回せば、それだけで隠されたものまで全て見通せるのだから、ケイナインには自身の感情以外に反論する材料を持っていなかった。

 

「じゃあ適当な所で待っていて。私が連れて行く」

『わぁ!ウチもいよいよ高速移動の初体験だぁ!もう道路の前で待ってますもんね〜ヘイ!タクシー!』


 と、通信越しにふざけたルミナスだったが。

 遊び半分に手を挙げた彼女の姿は、既に到着していたケイナインに見つかっていた。


「こんな遊び半分の子供に、どれだけの期待が出来るっていうの?」


 高速移動中のケイナインは慎重にルミナスを抱え上げ、首の座らない赤子を抱くように慎重に、慎重に首を支える。

 ケイナインがただ高速で移動しているのなら、周囲はもちろん本人もただでは済まない。

 ある程度は移動に伴う副次的な効果を抑え込む事も能力の内であり、そのような力場の操作こそケイナインの持つ高速移動能力と言えるだろう。

 とはいえ高速移動中に抱えた人間をぶつけたり、負荷が掛かると良くないので気を付ける。

 ケイナインの口元のマスクも、雨の中で走ると口の周りに水が溜まって溺れかけた経験から来るもの。

 優れたヒーローとは、己の能力の限界と欠点を理解するものなのだ。


「はあ、気を遣う……」


 そんな優れたヒーローをタクシー代わりに、新米は展望塔へ。

 手を挙げてふざけた直後、急に視界が揺れ動いて違う場所に居たとなれば驚くものだ。


「ひょえっ!?」

「奇怪な声を出す暇があるのなら、この塔をスキャンして欲しいものね」

「運ぶなら運ぶって言ってくださいよぉー!もぉ……今見ますからねぇ〜」


 と、ルミナスが展望塔の根本から、左右に首を振りながら徐々に視線を上に向ける。

 輝く双眸は精密機械のように細かく動き、それがフリではない事がよく分かる。

 ひと部屋ずつ、視線をなぞればそれでチェック完了。

 高速で調べる事が出来るケイナインでも、あくまで速く動けるというだけ。

 彼女の主観では膨大な時間が掛かる作業を、それもひとりで行なっているのと大差なく、確実性の面で言えば大した手間無くそれを片付けられるルミナスの能力を頼る方がより良いプランだ。


「ほぉ〜……」

「気の抜けた声。不安になるからしゃんとして」

「はいはぁ〜い。何処に居るのかなぁ……居た──ゔぇえ!?」


 奇声を上げたルミナスに、もはやそう気にする事もなくケイナインは展望塔入り口の扉を蹴破った。


「居たのなら、救助に移るわ」

「ちょ……!ちょちょい待って!」

「何?居たのでしょう、なら被害者は助けて犯人は捕まえる」

「でもレ──ぅう〜ん……」


 ルミナスは今にも走り出しそうなケイナインを思わず引き留めるが、その理由が上手く出せずに言い淀む。

 それも当然だろう、引き留める理由として違法なヒーロー活動を行なっている友人が誘拐犯と共に居るから待ってくれ、は不適当だ。


「貴女が、どんな友人関係を築いていようと、私には関係ない」

「あはは〜良い職場だなぁ……」

「でも、私の脚を引っ張るようなら問題という事よ。あのヒーローを名乗る無法者を支援しているのは貴女でしょう?スーツを与えたり、情報を与えたり。ああ、ビル火災の時に彼女を利用するように進言したのも貴女だそうね……」

「え、え?いや〜」

「ねえ、私はこの街を脅かす犯罪への対処に呼ばれたの。つまりはあのテレポーター対策──ブリンクと名乗る犯罪者をどうにかする(・・・・・・)為にね」

「あの子はただ人助けが……した、くて……」


 ルミナスの懸命な訴えも、ケイナインの冷徹な視線の前では勢いを失ってしまう。

 相手を言い負かすだけの材料を持たないルミナスは、ただ袖を握って潤んだ瞳で相手を睨む事しか出来ない。

 ただ、ケイナインもそんな幼さを見せる少女に対し、追い討ちをかける程に情け容赦が無い訳でもなかった。

 呆れてため息を吐きはするものの、諭すような口調に切り替え話す。


「やっている事が人助けであれなんであれ、彼女の存在自体が問題なの。法に則らず活動している時点で、それはあらゆる無法を呼び起こしてしまう」


 実際、ブリンクの存在は問題だった。

 法に則らず、暴力を用いて人を裁く無法者。

 能力を利用して、ヒーローを名乗り、捕まえられない。

 全てが秩序の維持に都合が悪いのだ。

 ヒーローという対能力犯罪部隊が、その存在を確固たるものにしているから能力犯罪の発生件数は抑えられている。

 だというのに、ブリンクはその根幹を揺るがしていた。

 法に則らなくても良いのなら、能力を思うままに振るって自分の利益の為だけに生きれば良い。

 誰でもヒーローを名乗れるのなら、自警団を結成して正義(ヒーロー)の名の下に悪人を打ちのめせば良い。

 そして捕まえられないブリンクは、それら無法者の希望になってしまう。


「あの、ウチ……は、ただ……」

「彼女が本当に人助けがしたいのだとしても、それが必ずしも良い結果を招くとは──いいえ、良い結果になる事はない。そうさせないのが私や、貴女。ヒーローなんて荒唐無稽で大袈裟な名前を背負った公僕よ」


 善意が必ずしも良い事柄だけを引き寄せる事はなく、それに依らないシステムこそが社会を維持している。

 であればブリンクは、パブリックエネミーと呼ぶに相応しい。


「ああ、その意味では私は犬ね。ポリの犬、なんてもう聞き飽きたけれど」


 言葉を残してケイナインは獲物を追う。

 エレベーターなど遅過ぎる。

 常人ならば選択肢にも入らない階段を選択し、上へ上へと駆け上がり……螺旋を描いた軌道はものの数秒で目的の高さまで登り詰め、展望フロアへと繋がる扉を開けた。


「ふん、思い出の場所を訪れて、美しい記憶の中に戻ろうと?チッ……身勝手な親って、どうも神経に障る」


 大きなガラス窓から覗くパノラマにすら苛立って、ケイナインはフロアを高速で周る。

 貸し切り状態の環状構造など、ケイナインでなくとも簡単に追跡対象を発見出来るだろう。

 実際その通りに、ケイナインは自らが追う対象──誘拐犯(・・・)である母のエドナと被害者(・・・)である娘のシャーロットが並び立つその場に鉢合わせた。


「この翼は……やはり使っていた」


 娘を囲うように翼を広げたエドナから、ケイナインは慎重に救出対象(シャーロット)を引き離す。

 翼に触れないように、高速で。

 

「エドナ……逃避行はここで終わりよ」

「なっ……!?」

「そんな翼を生やしてみても、私からは逃げられない」


 隣に居たはずの娘が引き剥がされて、急に現れた女の手中にあるとなれば焦るのも道理。

 そしてわざわざそのような様子を見せつけたのは、道理が通らないケイナインの個人的な感情によるものだった。

 

「その子を離せぇっ!」

「ママ──!」


 感情の昂りと共に翼を振り乱し迫るエドナを悠々躱し、ケイナインは事件解決までの算段を立てる。


「ルミナス、娘は確保した。警察の応援を呼んで」

『ちょっと!ウチまだエレベーターなんですけども〜!』

「なら暇でしょう?とにかく娘は確保したから、彼女を安全な場所へ──」


 と、ケイナインが腕の中に確保したシャーロットを見やったその瞬間。

 横から伸びた手が、彼女に触れて、そして消えた。

 シャーロット諸共。

 当然、そんな事をするのはただひとり。


「ブリンク参上!今度は僕がやってみせる!」

「ッ!邪魔を……!」

「僕がこの人を抑えるから!逃げて!」


 2人を背後にブリンクはケイナインと相対する。

 どちらも速度を得手とするが、性質の違う両者では戦い方は全く異なるもの。

 この戦いの目標も違うとなれば、能力の違いがより明確に現れる。


「相手をしている暇なんて──」

「行かせない!」


 ブリンクが素早いテレポートでケイナインに触れ、そのまま更にテレポート。

 展望塔の外まで攫ってしまえば時間稼ぎには丁度良い。


「は──っ?」

「ふふん、僕の方が速かった(・・・・)みたいだね!」


 前回、何も出来ずに言い負かされた事が悔しかったのだろう。

 ブリンクは勝ち誇った顔でそう言って、ケイナインを展望塔から離れた場所へ置き去りに。

 戦うでもなく、逃げるでもなく、時間稼ぎとおちょくる言動。

 ケイナインの(エンジン)に点火するには十分だった。


「っくはは……速さで私に敵うわけない!」


 ケイナインは駆ける。

 展望塔から引き離されて、常人ならば徒歩でも車でも時間が掛かる距離。

 辿り着くまでに、ブリンクならば逃げ果せる時間が必要。

 だとしても、ケイナインはそれよりも速く追い付くのだ。

 信号無視が危険にならない程の高速で車道を駆ける。

 竜巻のような高速で階段を駆け上がる。

 そうして舞い戻った展望フロアで、再びブリンクと対峙した。


「いつまで走ってられるかな──!」

「その手は喰らわない」


 ブリンクはやはりテレポートでケイナインを遠くに連れて行こうとするが、それを思考し実行するのは常人と変わらない思考スピード。

 ケイナインはそれよりも速く、ブリンクに組み付き押し倒す。


「っぐ、速っ!?」

「テレポートって大変なんでしょう?密着して、直接触れられていると、自分だけ抜け出すなんてそうそう出来ないとか。まあ、抜け出せたところでまた捕まえるけれど」

「こんの……っそれくらい……!」


 ブリンクは後頭部を打ち付けた痛みに顔を顰めつつ、最近理解し始めたテレポート感を使って抜け出そうと試みるが……そのテレポートには、ケイナインが着いて来てしまう。

 どんなに抜け出そうとしても、仰向けの視界には自分を見下すケイナインが居るのだ。

 強気な事を言ったものの、自分の得意技があっさりと潰されてしまいブリンクは歯噛みする。


「それで終わり?今回は流石に見逃さない。しっかりと反省する事ね」


 ケイナインはするりと、滑るように体勢を変えてブリンクへ手脚を絡め始める。

 能力は使わず、ブリンク自身の抵抗すら利用して目まぐるしく組み合う形は変わり……気付いた時にはブリンクを背後から締め上げる形に変わっていた。


「素人丸出し……貴女には技術も知識も無い。分別がない上にそれでは本当にヒーローごっこね」

「ぅぐ……離せ……」

「このまま気絶するまで締め上げる。子供とはいえ反省を促さないといけないから……冷たい床が貴女を待っている」

「こ、んのお……!」


 ブリンクは拘束を解こうと、首に巻き付く腕に隙間を作ろうとしていたが、手段を変えてテレポートをする。

 位置はブリンクが見上げる直上、展望フロアの高い天井スレスレまで。


「ロッティの……邪魔をしないでよ!」

「ロッ──!?あの娘の事か!貴女が明け渡した!」


 重力に従い落下して、位置エネルギーはケイナインの背中を強かに打つ。

 それを何度も繰り返し、傍目からはシュールな抵抗を行うブリンクではあるが、ケイナインからすれば相当堪える攻撃だ。

 ブリンクへの批難を含む言葉にも、苦痛が入り混じりだす程度には。


「ロッティのお母さんは悪くない……!ただロッティを助けてるんだっ!」

「ぐっ!?だとしてもそれを判断するのは貴女ではない!彼女を保護した後に私達が調査する!」

「ならもっと前に助けられたよね!?助けが必要な時に居ないクセに!目の前の困っている人を助けられないなら……ヒーローの意味ってなんなのさ!」

「ッ……ヒーロー擬きが偉そうに!」


 テレポート、落下……テレポート、落下……テレポート、落下……度重なる落下は確実にケイナインへダメージを与えており、ブリンクを締め上げる腕にもゆとりが生まれている。

 このまま続ければケイナインを倒せる。

 そのような期待すら持てる状況に、ブリンクは勢い付いて攻撃の手を激しくした。


「僕はっ!人を助けてるんだ!邪魔しないでよ!」

「バカなガキがベラベラと……!大人をコケにするのも大概にしろ!」


 テレポート、テレポート、テレポート、テレポート……徐々に緩まる拘束から抜け出して、ケイナインをあちこちに叩き付けて展望フロアは滅茶苦茶な状態だ。

 取っ組み合いの喧嘩にしては、両者共にスーパーパワーを使うものだから常に何かが壊れている。

 とはいえ背中を何度も打たれた分が辛いのだろう、戦いの趨勢はブリンクの側に傾いていた。


「この……!この!離せよ、離せ!」

「くっ、ホント面倒な!」


 常時テレポートを繰り返していれば、ケイナインも走り出す方向を見失う。

 先程まで踏み締めていた床は消え、ブリンクを押し付けようとしていた壁は無くなり逆に自分が壁に打ち付けられる。

 ケイナインのダウンも時間の問題か。

 勝利目前、そんな状況でブリンクは力強く叫びを上げて──

 

「僕が助け──」


 突如、声は止まる。


「あ、え……?」


 威勢の良い言葉は消えて、代わりに呂律が回らない。

 テレポートは突如止まり、激しく抵抗していた手脚から力が抜ける。

 眩暈がまともな体勢を取らせてくれず、ケイナインの腕の中で虚脱する。

 

「っ!?何……?」


 茹るような頭は熱く、激しく鐘を打ち鳴らしているような頭痛が止まらない。

 生命の危険を伝える警鐘のように、ひたすら打ち鳴らされる痛みに喘ぐ声すらまともに出ない。


「あ、ぐ……!?ぃた?ぅぎ!?」


 ケイナインの腕からズルリと落ちて、床を這って頭を抱える。

 立ち上がる事も出来ずに、額を床に押し付けゴーグルの中に涙を溜めた。

 

「はぁ、まったく意味が分からない……能力の使い過ぎかなんなのか、知らないけれどそこで床でも舐めてなさい。後で警察が迎えに来る……!」

「ま……て……」


 ペタペタと指先で床を叩くばかりのブリンクを捨て置いて、ケイナインは痛む背中を庇う事も出来ずに先へ向かう。

 背後からは言葉にならない呻き声が聞こえるが、それだけならば無力化されたものと判断して先へ向かう。

 

「ぅぐ……いた、いぎっ!?」


 破壊された展望フロアには、ひとりブリンクだけが取り残される。

 ケイナインは2、3度立ち止まったが振り返らずに歩き去っていった。


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