表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/27

16話 トレース


「こちらケイナイン。カツアゲ犯は捕まえたし能力犯罪は鎮圧したし困っている妊婦さんは助けたし道に迷っている外国人は案内したし自動車事故は未然に防いだわ」

『ナイスナイスですよ〜』

「はあ……これじゃ本当に雑用係じゃない」

『人助け係ですねぇ。さっすがケイナインさんだぁ〜』


 ひと仕事──常人ならば5件の仕事を終わらせて、ケイナインは居眠り運転のトラックと運転手を、交通課の警察官に引き渡してひと息吐いた。

 このようにルミナスとケイナインのコンビは、確かにベストマッチだった。

 ルミナスが発見した事件を片っ端から解決し、通報が来る前に片付ける。

 件数に関して言えば、間違いなくトップヒーローと言えるだろう。


「ともかく、これからもこの全てを解決するのは──」

『ケイナインさんなら出来ちゃいますねぇ〜凄いなぁ、カッコいいなぁ〜』

「調子の良い事を言って……私は棒を投げたら取ってくる犬じゃないのよ?」


 会話の最中もケイナインは合間合間に高速移動。

 数ブロック先にあるこの街で1番美味しい屋台でコーヒーを買い、更に数ブロック移動して美味しいと話を聞いたホットドッグをダースで買い、人目につかない場所を探して腰を落ち着ける。


『あれ、なんか機嫌良いですねぇ。何か食べました?」

「声に出ていた?ホットドッグを買ったの。昔、家族で食べて美味しかった店が、まだあったの」

『わあ、共食い〜って、おや〜……うん、事件ですねぇ』


 事件のひと言を聞き、ケイナインは能力を使い高速でそれらを平らげる。

 どんな時でも即座に出動可能な状態にする事。

 これこそケイナインをヒーローたらしめる、能力と心構えだった。


「情報を。ケイナイン、いつでも動けるわ」

『はいはい、お待ちを〜』


 まだ腹八分目にも届かないケイナインは周囲を見回し、目に付いたドーナツ店に入りデザートを物色。

 ヒーローの来店とあっては治安維持の効果が期待出来ると、無料で箱いっぱいにドーナツをテイクアウトしたケイナインは高速退店。

 常人離れしたスピードで動く彼女は、常人離れして健啖家でもあった。

 

『誘拐ですねぇ。資産家のコールマンさんの娘さんが誘拐されたみたいで〜』

「児童誘拐?……早く情報を寄越して」

『えぇ〜と、犯人分かってるみたいですよぉ。監視カメラにバッチリだそうで〜能力を使って警備員をバッタバッタ薙ぎ倒して攫った大立ち回り!』


 自分で情報の催促をしたケイナインではあったが、思いの外進行が早く慌ててドーナツを詰め込む。

 喉を詰まらせても高速で飲み込んで、甘味というよりカロリーを詰め込んだような様相だった。

 休憩すらも高速で終わらせて、次なる事件へ最短で向かう。

 超スピードを持ちつつも、時間に追われて自分の為に時間を使えない。

 ヒーローのジレンマとでも呼ぶべき、ままならない生活がそこにはあった。

 

「それで、犯人の身元は?」

『犯人のお名前、エドナ……おやおや、コールマンさんの元奥さんだ。薬物依存、旦那さんと娘さんへの暴行、器物損壊、窃盗……前科が沢山」

「危険ね。逆恨みでもして、連れ去られた子供がどんな目に遭うか分からない」

『早く助けないと!ほらほら走ってくださいケイナインさ〜ん!』

「言ったように私は犬じゃない……だから嫌だったのよ、この名前」


 端末に転送された位置へ……ものの数秒。

 ケイナインが走り出せば追い付ける存在はなし。

 走行中の自動車の横を通り抜け、アイスクリームを落としている最中の子供へ小さな親切。

 そんな余裕すら見せてケイナインは目まぐるしく動いて、古びたマンションの一室、エドナの家の前へ。

 日差しが遮られ、カビ臭さやすえた臭い、タバコ臭さが充満した……良い居住環境とは言えない、そんな廊下。


「──到着。鍵は、掛かっている。当然ね」

『はっやぁ……それだけ早ければ毎朝二度寝出来ちゃいますね〜』

「このスピードで生活していると、やる事が早々に無くなるから早寝して、二度寝なんてする必要が無いの」

『ひゃ〜カッコいい!』

「どこが……」


 終始ダウナーに、呆れながらもケイナインはノブを捻って扉を動かし音を立てる。

 誘拐をした後、すぐにバレるであろう自分の家に娘を連れ帰るなどしないだろうと思いつつ、内部で何か動きがないかと耳を澄ます。

 

『それでどうするんですか〜?やっぱり高速でピッキングとか、身体を高速振動させて扉をすり抜けたり──なんか凄い音聞こえましたねぇ』

「蹴破った方が早い」

『夢がないなぁ。それに大丈夫なんですかねぇ?』


 ケイナインはエドナの住処へ……高速で脚を踏み入れる。

 万が一本人が居た場合に何か事を起こされないように、素早く動いてクリアリング。

 とはいえ一室が狭い低所得者向けマンションだ。

 ケイナインのスピードが無くとも、あっという間に安全が確認が出来る程度のもの。


「誰も居ない。代わりにあるのは溜まったゴミ袋、シンクにも使用済みの食器……テーブルには、違法な薬物」

『うひゃ〜ドラマみたい』


 この部屋自体の古さもあるが、積み重なったゴミや埃が余計に破滅的な生活を想起させる。

 ケイナインも常にブーツの裏になにやらジャリジャリと、細かく硬い感触を受けておりマスク越しでも分かる不快さを示していた。

 眉間に皺を寄せ、テーブルの上で視線を滑らせれば、白い残滓や色々な物が目に入る。

 そして唯一、この空間で唯一綺麗な物がテーブルの上にはあった。


「写真立て。写っているのは娘?金髪の少女」

『はいは〜い。金髪は……娘のシャーロットちゃん!綺麗な金髪ですね〜。おやおや、ピアノにバイオリンにもう凄い経歴!お嬢様だなぁ』

「自分は狭小住宅でゴミに囲まれ薬物に溺れ、元夫と娘は優雅な生活……嫉妬や色々、芽生えてもおかしくはないのかしら。身勝手な欲望、唾棄すべきものだわ」

『理由なんて考えても仕方ないですよ!犯人分かってるんですから、追い掛けて聞けばいいんです!じゃ、頑張ってくださいね〜』


 ルミナスは口を出すばかりで、今日はもう走り通しのケイナインはこの不快な環境に身を置いている事も合わせて不満が溜まっている。

 それに何より、この事件に対する怒りがマスクの下に渦巻き牙となっていた。


「娘の写真があるのなら、貴女の眼で探せないの?」

『見えるだけなので〜トランクに放り込まれてるとか、見るからにおかしいならまだしも、顔をひとつひとつ見るのはちょっとぉ……』

「じゃあ……エドナ。能力者なの?私は違うと思うけれど」

『ワンちゃんの嗅覚ですか〜?というか能力を使ってシャーロットちゃんを攫ったって……おっあったり〜!能力者ではないです!うん?』


 と、ルミナスは通信の向こうで、自らそう言った言葉に疑問を持つ。

 全く正反対の言葉を発した事を、自分の口が覚えているぞ、と。


「だから私の能力はスピード……ただ得体の知れない薬があっただけよ」

『それも、ハイとかローとかになる?』

「いえ、これは恐らく能力を得るモノね。どうにも最近はコレが騒ぎの裏にある」

『昨日、その薬を使った人がテレポートしようとしたら、皮膚と筋肉と内臓バラバラに跳んだって話聞いちゃってぇ……』

「得る能力に個人差がある上に、まともにコントロール出来ない人が大半。エドナだって、いつその能力で娘を傷付けるか分からない」

『だったら早く見つけないとですよぉ!次は何処に行くんですか〜?』

「警察がエドナの個人情報を洗って、彼女が行きそうな場所を特定したら、そこへ向かいましょう」


 ケイナインはようやくここを離れられると安堵して、ブーツの裏のジャリジャリとした感触を踏み締めながら部屋を出る。

 入れ違いでやって来た警察官に後を任せて、ブーツの爪先を床に打ち付ける。


『じゃあウチは待ってるだけ?』

「私は薬の売人を追う。犯人の個人的な動機に関わっているとは思えないけれど……とにかく追うわ。何が解決の糸口になるか分からない」

『え〜じゃあ、ウチも友達と通話してもいいですよね〜?』

「何がじゃあ、なの?私からの連絡はすぐに応えて」

『了解〜』

「まったく。気楽なものね」


 気の抜けた相棒にため息を吐き、自らは走り出す。

 昼食後の腹ごなしがてら、ただひたすら勤勉に。


◆◆◆


 ロッティは母の手を引き路地裏を、人目に付かない道をゆく。

 ガラの悪い誰かに絡まれたのなら、それはヒーローの出番。

 ボディガードさながらに、指一本も触れさせずに悪漢を倒し道を切り開く。

 とはいえブリンクは並んで歩く3番目。

 何処に行くかも分からず、ただ無為に着いて歩くのは退屈で欠伸すら出る。

 そんな現状に耐えかねて、思わず口を出したのはちょうどお昼時だった。


「ロッティ、何処に行くの?」

「このまま……何処かへ」

「その何処か、が何処か知りたいんだけどなー」

「何処かは何処か、です。私だって知りません」


 返答になっていないそれにブリンクは納得せず、ロッティの視界に入ろうと回り込んだところ、彼女の不安を押し殺してなお溢れ出ている、そんな心細さが見て取れて思わず脚を止めた。

 

「怖いの?何が怖いのか分からないけど、僕は力になれそうかな?」

「別に……ただ少し、初めての事なので」

「何が?家出?」

「それも含めた全てです。父の監視が無い外出なんて、初めてで……あんなに求めていた自由なのに、まるで何処へ向かえば良いのか分からない暗闇みたい」


 ロッティはいわゆるお嬢様だ。

 産まれた時から金銭で解決出来る問題は全て解決されて(・・・)、着る服も教育も全て潤沢な資産の恩恵に預かって育った。

 とはいえ、それら一流の教育も衣服も食事も……全てが豪華な首輪と同じ。

 その首輪は出資者の手元の鎖へ繋がり、その監視の外へは出られない。

 これまでずっと同じ場所を回り続けていた彼女が、急に鎖から解放されたとて、何処へ向かう理由も欲求すら見つけられずに、無為な移動を繰り返すのも無理はない事だった。


「じゃあ、まずはお昼食べない?ずっと歩いていたら、きっとお腹空くでしょ?」

「それは……まあ、多少は。でもお金がないんです。普段はカードで決済しているので。それに父の手の者に見つかってしまうかも」

「なら僕が買ってくるよ。3人分……まあお小遣いの使い道ほとんど無いし、大丈夫!」


 レイモンドの孤独さ無趣味さが、ブリンクのヒーロー活動の役に立った瞬間だった。

 

「では、その。ごめんなさい、使用人みたいに使ってしまって」

「いいのいいの、じゃあパパッと買ってくるね!テレポートならすぐだから!」


 と、テレポートで姿を消したブリンクが再び姿を現すまで、ロッティは母の手を引き近くの地面に腰を置く。

 母の座る場所には、懐から取り出したハンカチを敷いて。


「ママ……連れ出してくれて、ありがとう」


 返答は無い。

 ただ促されるままに座って、ロッティが握った手を握り返す事もない。


「何処に居たって、ママと一緒ならそれで良いの。お金を稼いだり、色々頑張るから」


 あてのない逃避行は、その終わり方すら定めずにただ彷徨い歩くもの。

 行き当たりばったりにブリンクに助けを求め、戻ってくると信じて待つしか出来ない。

 ただブリンクはその約束を違えず、疑う時間すら与えない短時間でホットドッグを抱えて戻ってきた。


「お待たせ!ホットドッグ……はお嬢様の口に合うか分からないけど、これはこの街で1番美味しいから。食べてみて」

「ありがとう、ブリンクさん。食べ慣れていないだけで、食べた事くらいはありますからね?」

「へえーそうなんだ。てっきり皿にチョビっと乗った野菜とかゼリー寄せを食べてるのかと」

「普通の物ですよ。そういう貴女はどうなのか、ヒーローの食生活なんて気になりますけど」

「ええ?僕は……最近はノンシュガーのコーンフレークを食べてる」

「健康的な食事ではありませんか。ヒーローも気にするのですね、栄養バランス」


 ホットドッグを喰みながら、他愛のない会話を幾つか。

 ロッティは母にホットドッグを食べさせて、ブリンクは黙ってそれを見守る。

 どうしたのか聞く勇気が出せず、ただ無言でその場に座り時間を過ごす。

 居心地悪く、建物に隠れて見栄えの悪い空を眺めたり、濡れて地面に張り付いた紙を眺めたり。

 ブリンクなりの時間を潰す方法が尽きかけた時、着信があったのは助け船と言えた。


『もしも〜し。レイ〜今時間良い?』


 と、耳に飛び込んで来たルミナスの元気な声に頬を緩ませ、場所を変える。


「少しなら大丈夫。今人助け中なんだ」

『ウチは今ねぇ、誘拐事件を追ってるの』

「凄いじゃん。ヒーローって感じ」

『レイは〜?』

「僕は……なんだろう?悪い人に追われてるらしい人を守ってる?」

『おぉ〜!ヒーローっぽいねぇ』

「でしょ?絶対助けないと!」


 具体の無い、曖昧な内容ではあるが共に頑張っている事が確認出来て満足。

 目的を必要としない他愛のない会話こそ、心を癒すものだった。

 しかしルミナスもヒーローの端くれ。

 その行動には人を助ける意味がある。


『ウチの方は誘拐だから、もし見つけたら教えて欲しいんだ〜』

「人の顔覚えるの苦手だけど……分かった。任せて!」

『うんうん、そう言ってくれると思ってたよぉ〜送るね!』


 と、スマホに送られて来たのは2枚の顔写真。

 片方は金髪の少女で、もうひとりは憔悴しきった表情の女性。

 ブリンクにとっては見た事のある……つい先程見た顔だった。


「うぉえっ!?……えー。どっちが誘拐犯?」

『この金髪の女の子が誘拐されたシャーロットちゃん。もうひとりがその母親のエドナ、誘拐犯がこっちね?』


 咄嗟に、思わず口を突いたのは嘘だった。

 まるで初めて見た人相であるように、そんな言葉が出てしまう。

 深く考えた訳でもなく、ただ子供が叱られる予兆を感じとり、浅慮から誤魔化しを行うようなもの。

 なにせ言った本人ですら「どうしよう」という言葉が脳内を埋め尽くしているのだから。


『母親の方がホント酷いの!家庭内暴力に、薬物依存に、旦那さんのお金を盗んだんだって!シャーロットちゃんにも何があるか分からないから、見つけたら教えて!』

「ワカッター、オボエトク」

『そっちは何か手伝える事はあるかなぁ?』

「ウーン……怒らないでね?」

『えっ?何が──』


 これ以上罪悪感に苛まれたくなくて、ただそれだけで早めに通話を切る。

 そんな事をした結果、ブリンクは余計に罪悪感に苛まれて頭を抱えてうずくまる羽目になっているのだが。


「あわわわわ……」


 ルミナスに嘘を吐き、その助けを得られなくしたのは、まさしく墓穴を掘る行為。

 唯一の信じてくれる人間を裏切り、どうしてよいか分からずに慌てふためく。

 ひとりで抱えなくてはならないと、途端に脚元がおぼつかなくなったブリンクはドツボに嵌る。

 嵌ってしまって、長考の末に立ち上がったブリンクの選択は──


「ロッティー!どうしたら良いのかなあ!?!」


 助ける筈の対象に、助けを求める事だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前半の 会話の最中もケイナインは合間合間に高速移動。  数ブロック先にあるこ街で1番美味しい屋台でコーヒーを買い、更に数ブロック移動して美味しいと話を聞いたホットドッグをダースで買い、人目につかない…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ